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2012年6月26日

どんどん季節は流れて

ウガンダとウガンダ青年海外協力隊の事について綴った雑誌「UG」。
外部向けなんで、どんどん拡散。





 



























そして、最近。
ウガンダの頼れる後輩達から「Vol.2、そろそろ校了」との嬉しい報告が。

どんどん季節は流れていくんだなー。


 

小さな国の大きな可能性

外部向け機関誌「UG」をFlicer経由でUP。
しようと思ったけど、できない。。。
なので、一個ずつ貼ります。
ウガンダに行きたい人はぜひご一読。

せっかくなので、P4P5のウガンダ紹介ページの文面だけ改めて↓

ーーーーーー
希望と発展の地 ウガンダ

アフリカ中央部に位置し、南部にビクトリア湖を有するウガンダは、赤道直下にありがなら、アフリカの一般的イメージのサバンナや乾燥地帯とは異なり、実に緑豊かな国だ。

この国を一度でも訪れれば、ウガンダがかつて「アフリカの真珠」と評された意味が瞬時に理解できる。国内には、ナイル川の源流を始めとする河川や湖沼が数多くあり、月の山と呼ばれるアフリカ大陸三番目の標高を誇るルウェンゾリ山などの山々が連なり、マウンテンゴリラに代表される多様な野生動物が保護された国立公園が国内にいくつも点在する。

気候は、首都カンパラを例にとると、標高1200メートル、平均気温21度、年間降水量は約1050ミリと、非常に快適。市場には一年中彩り豊かな野菜や果物があふれ、主食のバナナ・米・豆類はもちろん、白菜や山芋まで手に入る。

そして、人々のはにかみに満ちた笑顔と底抜けの明るさ、時にはやりきれなくなる程の善意に触れると、暖かい温もりに胸が満たされる。かつてこの地に強大な王国が栄え、東アフリカで最初の大学が開校したといったプライドのようなものが、人々の振る舞いにあらわれているのかもしれない。

かつてウガンダは、内戦やクーデターが頻発し、政治は混沌化、経済も停滞。真珠はその光沢を失い、陰鬱な影だけが濃さを深める暗い時代が続いた。だが、国内が落ち着きを取り戻すにつれ、真珠は華麗な輝きを取り戻す。どこへ行ってもバナナがたわわに実り、広大な湿原地帯には色とりどりの野鳥が飛び交い、緑の濃さが目にしみる。エネルギーの塊のような街には沢山の看板とおびただしい数の人々が溢れ、自動車だらけの道路では、けたたましい街頭音楽や騒音が鳴り響く。

世界版「地球の歩き方」として知られる「Lonely Planet」を刊行するLonely Planet社による2012年度の「訪れてみたい国ランキング」では、ウガンダは世界一位の栄冠を獲得している。

途方もない底力を持つ人々と共に、雄大な自然を残しながら猛々しい勇み足で発展を続けるウガンダ。ここにはさらなる繁栄に向けた多くの可能性が秘められている。今後も真珠は磨き上げられ、更に多彩な輝きを放ちながら人々に希望をもたらし、その魅力を増していくだろう。

世界中の旅人は、そこに羨望の眼差しを向けているのだ。

アフリカの真珠は、どこへも逃げずにあなたと出会うのを待っている。眼をこらして輝く真珠を見つめた先に、あなたは何を見出すだろうか。
ーーーーーー

そういう意図で書いたとは言え、読みなおして見ると「どーーーん」という威圧感。
まぁ「NA〜NANA〜NA〜NA〜♬」なんて、鼻歌交じりに電車に乗って遠くの近所へ、のらりくらいぐらいの気持ちで行ってもらいたい。

ウガンダに行けば、哀しい歌にしか共感できないような人だって、ひなたぼっこだけするような時間に安心しちゃうはずだ。

2012年5月28日

Celebrate

進路が決まりまして。

3月の終わりに帰国して、4月の終わりに進路が決まって、秋から働くのでした。


よく耳にする「協力隊経験者の日本社会復帰問題」について、個人的経験則から。

就職活動してたら、相手方は極端に二パターン。

①相手にされない
まず履歴書が通らない。通っても「結局、辞めるんでしょ?」という"自由人"という見方をされる。「一度日本社会からドロップアウトしたのに、何で戻って来るの?」っていう質問には、苦笑いだった。

②凄く相手にされる
ウガンダにいた頃からわざわざSkypeで面接してくれるところもあったり、面白いって言って高く買ってくれるところも多々あり。


まぁ、結局は個人の問題だけど。
高く評価されつつも上手く話せなかったと思うところはやっぱりダメだったし、なんとなくの気持ちの時はなんとなく落とされた。
”言葉だけじゃ通じない”ってのはウガンダの授業経験から学んだので、わざわざIllustratorで沿革作って売り込んだりもして、それは高く評価された。


ただ、どうしても苦手な質問があって。

「10年後の目標を聞かせて下さい」

まぁ、それは別に変わった質問でもなんでもなくて、普通はそこから定石なやりとりが始まるはず。



だけど、なんだか僕はとまどってしまった。


僕には、相手に語って満足してもらえるような将来の目標はない。

昔を思い出してみても、今こうしていられるのはその場の瞬発力と直感の賜物だし、学生時代にはまさか自分が数年後にウガンダ人相手にニュートン力学を教えてるなんて思ってもみなかった。
ウガンダに行ったのも"その時"に真剣に考えたことで、目標でも何でもなかった。


だからといってそれは勿論、日々無思考でいるということでもない。
当然自分が歩く道について日々考えながらも、やっぱりもって僕は、あさはかな僕たちの考える閉じた目標やゴールよりも、現実はもっと豊かで計り知れないものなんだっていう確信を常に持ち続けている。

僕のその思いはこんなにもハッキリと明確なんだと、先の質問に戸惑ってしまった自分から改めて知った。


定めた目標にしばられて途中で変わって行くことを放棄してしまうことのほうが、よっぽど無思考で無責任じゃないかと僕は思う。


とまぁ書き連ねつつ、たかが就職の面接でマジレスしちゃう自分はまだまだ若いなーとも思うわけで。


何せ、ここ連日ウガンダ生還&就職祝いでパーッと呑んでワーッとしてるのだ。
わしわし働く前に、人生に数度あるかないかのちやほやの渦で歓喜雀躍の体なのでした。
希望に満ちた明日よりも、とりあえず今夜の友だちとの楽しいお酒なのです。

2012年2月10日

異文化交流

シャッターの降りた深夜の薬局前でサトちゃんにくだを巻きたい夜の一つや二つ、誰にだって覚えがあります。

Club beer ウガンダ人とお酒を呑んでいる時の話です。


同僚とか生徒の家に遊びに行くと、よく酒を薦められる。
酒の場は大好きだけど、下戸だし、ローカル酒は強くて不味い。
けど、お誘いををプイと袖にするのは心意気に欠けるし、男がすたる。
ノブレス・オブリージュ(貴族の義務)とまでは言わないまでも、限りなくそれに近い心持ちはありましょう。
紳士たるもの、然るべきときに然るべき振る舞いが求められるのはごくごく当然のことです。
飲もうぜ!と言うのだから、襟を正してゴクリとやりたい。


そして、そこでの話題はきまって、スポーツ、政治、女という酒の肴の三羽烏。
日本で友人たちと飲み明かしている時の話題と大した違いはない。
スポーツが批評であり、政治がスキャンダルであり、女が体験談になるというところまで同じ。

特に恋愛話はみんな大好物。結局、最後はいつも異性の話になる。


「Taka、知ってるか?アルファベットの順番ってのは実は間違ってるんだよ!」
「何で?」
「だって、僕と彼女のイニシャルが遠いじゃんか!」
「・・・・」


「言っとくけど、僕らの愛はビクトリア湖(北海道とほぼ同じ面積)が干上がるその日まで続くぞ!」
「・・・・」


まぁ、愛すべきバカ達なのである。


ただこっちには全く浮いた話がないので、こちらから話題提供ができない。
そしていつもの「ウチの妹 or 娘 or 親戚をもらってけ」攻撃が始まる。

「いつになったら、Takaは嫁を作るんだ!」
「男のくせに料理して、洗濯して、あり得ないだろ!」
「よし、分かった。Takaは帰っていいから、妊娠させてから帰れ!」

合計特殊出生率5.9人(2011年)の国の男たちの口先はハンパない。上野千鶴子に全力で怒られかねない。
ひとしきりヤイヤイとなじられて、フーやれやれと汗をふいたら、また思い出したように「ホントにおまえは」と始まって取りつく島もない。牛の反芻みたいにして、結局4回くらい同じことを繰り返し言われる。 


あまりに悔しいので「昔は俺だって彼女いたさ!」なんて振られた彼女の話を始めたのが、失敗だった。
結局、出会いから別れまで延々と語らせられるハメに
そして、最後の一言。

「その娘、絶対Takaのこと待ってるぞ。俺には分かる。」

こっちも意識がトブくらいまで酔ってたので、
「そうか!そうだったのか!」という具合になり、勢いで数年ぶりに彼女にメール送信。
日本で友人たちと飲み明かしている時の行為と大した違いはない。


【異文化の他者の中に存在する「自分」を発見する】ってことが異文化交流という奴だと思うのだ。
酒の席のみならず、こっちでは幾多の場面でウガンダ人の中の「自分」と出会った。
もちろん慣習や価値観まで全てを分かり合えることはないし、彼らを自分と同一視するつもりはない。
ただ、全く違う文化の中で生きる彼らの中にも自分と同じ普遍性が存在する。
だからこそ分かり合える。それがウガンダで過ごした日々から学んだ事だ。


それにしても。

彼女からはいつ返信が来るのだろうか、サトちゃん。

2012年1月26日

そうだ、結婚しよう。⑥

後日。
結婚式当日のやり取りを取材するため、デイヴィッドの家に足を運んだ。そこにはもちろんノエリーンもいて、二人の娘のエスタ(1歳)と、レベッカ(0歳)もいた。子供たちの晴れ晴れとした笑い声に満たされた新婚の家は、なんだか幸福ってやつの正体を遠くからのぞいてるみたいな気持ちにさせられた。
そうだ、結婚しよう。⑱


そして、ひと通り結婚式でのアレやコレやを質問し終えた後、最後にずっと聞きたかった事を尋ねた。

「結婚についてどう思う?」

改めて口にするのは恥ずかしくて難しいかな、と先読みしていたら、彼は少し考えた後、ためらいもなく涼しい顔でゆっくりと言った。


そうだ、結婚しよう。① 「結婚は、『その人といつまでも一緒に』って感じる心の高揚なんだと思うんだ。それは単純で、俗っぽくて、些細なことで、ありきたりな事なんだけど」


 それは、全然背中に重い人生を背負っている感じのない、とても風通しが良くて、気分のゆったりとした結婚感だった。僕のように鼻息荒く結婚の意義を思い悩んでいる若輩ものにとって、色眼鏡がパリンと音を立てて割れるような一言。どれだけ自分の荷物を軽く思えたことか分からない。

 そう思えば、コントのようなウガンダ結婚式も理解できる。式に参加する前は「一生に一度の儀式」「人生史に刻まれる祝祭」なんて難しく考えていたけど、そこではそんな気負いはまるっきりお呼びじゃなかった。一時的に作られた非日常なんかじゃなくて、いつもずっと傍にあるようなウガンダの日常の陽気さ。意地だとか、試練だとかっていうのじゃない、単純で、俗っぽくて、些細なことで、ありきたり。一貫して式にあったのは、こっちまで笑顔になるような、赤ん坊や犬なんかとも共通しそうな無邪気さだった。




その時突然思った事があって、それをここに書こうと思う。
それは僕の意志や覚悟なんかとは全く関係ない、単なる実感だった。
とても気持ちが良くて、甘ったるくて、優しい実感だった。

ーー愛情をただただ育んでいくということ。

彼らの愛情の交換にゴールなんかはなくて、白黒つけるものなんかも何もなくて。
得られる愛情も、与える愛情もそんなものはなくて。
大きくなるものなんかじゃなくても、濃くなるようなものじゃなくても、少しずつ、少しずつ、大切にただひたすらに育み続けること。
そうやって代わり映えのない日常を楽しむこと。
そういうことだけが愛情の交換で、結婚ってやつなのかなと、そのときの僕は感じていた。

世界中を廻るギブ&テイクの中で、僕はこれからも結婚を損得で考えてしまうかもしれない。
どれだけ慎重であろうとしても、僕の怠惰や欲望は誰かを傷つけてしまうかもしれない。
そして何度も結婚にガッカリするだろう。

だから、いつまでも覚えておきたいと願った。
ウガンダで、彼らを通じて降りてきた優しい実感を。
いつまでも覚えておきたいと、僕は願っていた。

2012年1月20日

What A Wonderful World②

今、すごく自分のことだけ考えて、PCの前でうなって超長文書いてたら、友だちがやってきた。

その友だち曰く「用はないけど、挨拶がしたい」。
相変わらずバカっぽいこと喋るので、こっちも負けずとアホっぽいこと喋って、
アハハと笑って、帰って行った。


彼に限らず、ここでは友だちがひっきりなしに来る。
「いつでも来ていいよ」って言ってるとは言え、遠慮なく。
その無遠慮さに文句言いつつ、顔はニヤけるし、帰られると寂しい。
What A Wonderful World① What A Wonderful World② What A Wonderful World③ What A Wonderful World④ What A Wonderful World⑤ What A Wonderful World⑥ What A Wonderful World⑦ What A Wonderful World⑨ What A Wonderful World⑩ What A Wonderful World⑧


そして、もうそれが答え。
「弱さ」を否定して「強さ」につくりかえようとするんじゃなくて、
「弱さ」に居直るんでもなくて、
「弱さ」は「弱さ」としてそのまま肯定的に承認すること。
そして 「弱さ」の意味を何度も問いて、それをハガネのような「弱さ」にさらにつくりあげること。
そして自分を探さないで他者を探すってこと。
はい、これ結論。



なんか上手いこと書いて、自分のことばっか考えて「俺は強くなった!」っていう最もヤらしい傲慢無知で噴飯者な文章書き上げそうだった。

その文は、あまりに野暮ったいうえに恥ずかしいので、くしゃくしゃに丸めて投げ捨てました。
さんざん取り組んだあげくそれをまるごと削除するというのは、苦悩する陶芸家みたいでよいですね。
数時間がちりになってしまったけど、人生ってだいたいそういうものだ。

んで、くたびれちゃったのでウガンダで学んだ事は箇条書き。


「相手の心に立ち入らず、葛藤をできる限り避け減らす」ってのは世の中を渡ってく処世術としては当然いいこと。だけど時と場合によって、思う存分「相手の心に立ち入」り、避けられない「葛藤」なら徹底的に粉砕させるぞ!、という超級の<やさしさ>の関係を生きてください、と自分には言っておきたい。そして、そんなことできるはずないじゃないか、とやるまえから諦めないでくださいとも。

ユニークさを忘れない。ここは凄くウガンダ人に影響受けた。
自分で言うのもアレだけど、こっち来て書く文章が凄く軽くなった気がする。発言も。
自慢じゃないけど「空気読まずに目先の笑いを取りに行く」事に関してはその辺の中高生と変わらない感じのレベルになってしまった。
(本人と致しましては「空気読めない」じゃなくて「空気読んだ上でそれでも言う」)

さっき洗った白旗になんか、色塗って海賊旗にしちゃうおうぜって感じ。



んで、なんとなく笑えて、なんとなく気が晴れて、外にでも出ようって気になれば、もうそれでいい。



あぁ!こんな事書いてたら、村の友だちと無性に話したくなった!
これだから自意識系日記は嫌だ。考えが悩みに変わっちゃう。もう書かない。
「俺の方が深く考えてるぞ」っていう優越感ゲームはさっさと降りて、パソコンも閉じて、夕飯の野菜を買いに村に出かけてきます。そして子どもを追いかけ回してきます。
それでは、また。