ラジオ体操して、食パンとコーヒー詰め込んで、バッチコーイな朝。
2012年1月20日
What A Wonderful World②
今、すごく自分のことだけ考えて、PCの前でうなって超長文書いてたら、友だちがやってきた。
その友だち曰く「用はないけど、挨拶がしたい」。
相変わらずバカっぽいこと喋るので、こっちも負けずとアホっぽいこと喋って、
アハハと笑って、帰って行った。
彼に限らず、ここでは友だちがひっきりなしに来る。
「いつでも来ていいよ」って言ってるとは言え、遠慮なく。
その無遠慮さに文句言いつつ、顔はニヤけるし、帰られると寂しい。
そして、もうそれが答え。
「弱さ」を否定して「強さ」につくりかえようとするんじゃなくて、
「弱さ」に居直るんでもなくて、
「弱さ」は「弱さ」としてそのまま肯定的に承認すること。
そして 「弱さ」の意味を何度も問いて、それをハガネのような「弱さ」にさらにつくりあげること。
そして自分を探さないで他者を探すってこと。
はい、これ結論。
なんか上手いこと書いて、自分のことばっか考えて「俺は強くなった!」っていう最もヤらしい傲慢無知で噴飯者な文章書き上げそうだった。
その文は、あまりに野暮ったいうえに恥ずかしいので、くしゃくしゃに丸めて投げ捨てました。
さんざん取り組んだあげくそれをまるごと削除するというのは、苦悩する陶芸家みたいでよいですね。
数時間がちりになってしまったけど、人生ってだいたいそういうものだ。
んで、くたびれちゃったのでウガンダで学んだ事は箇条書き。
①
「相手の心に立ち入らず、葛藤をできる限り避け減らす」ってのは世の中を渡ってく処世術としては当然いいこと。だけど時と場合によって、思う存分「相手の心に立ち入」り、避けられない「葛藤」なら徹底的に粉砕させるぞ!、という超級の<やさしさ>の関係を生きてください、と自分には言っておきたい。そして、そんなことできるはずないじゃないか、とやるまえから諦めないでくださいとも。
②
ユニークさを忘れない。ここは凄くウガンダ人に影響受けた。
自分で言うのもアレだけど、こっち来て書く文章が凄く軽くなった気がする。発言も。
自慢じゃないけど「空気読まずに目先の笑いを取りに行く」事に関しては、その辺の中高生と変わらない感じのレベルになってしまった。
(本人と致しましては「空気読めない」じゃなくて「空気読んだ上でそれでも言う」)
さっき洗った白旗になんか、色塗って海賊旗にしちゃうおうぜって感じ。
んで、なんとなく笑えて、なんとなく気が晴れて、外にでも出ようって気になれば、もうそれでいい。
あぁ!こんな事書いてたら、村の友だちと無性に話したくなった!
これだから自意識系日記は嫌だ。考えが悩みに変わっちゃう。もう書かない。
「俺の方が深く考えてるぞ」っていう優越感ゲームはさっさと降りて、パソコンも閉じて、夕飯の野菜を買いに村に出かけてきます。そして子どもを追いかけ回してきます。
それでは、また。
What A Wonderful World①
結局。
これからずっと問われ続けるのは
「何でアフリカ行きたかったんですか?」
って話だと思うのだ。
そりゃ今までだって何度となく聞かれたけど、相手によって返答はまちまち。
「好奇心」「国際派として」「自分を試す」「むしろ呼ばれた」「毎日バナナ食べたい」...etc
飲みの場だったら可笑しく語るし、好きな子にだったら魅力的に語るし、仕事の場だったら論理的に語る。
まぁどれも嘘ではないけど、相手のために語るので深い本音はちょっと誤魔化す。
けど、自分宛にだったらしっかり書ける気がする。
だし、今しか書けない気がする。
から、頑張って書いてみよう。
「生きてくタフさ」が欲しかった。
来る前に考えてた事を言葉にするなら、一番近い。
「貧困国まで行って、結局、自分の事か!」って怒られそうだけど、その通りなんだから平謝りするしかない。
来る前。
僕は、就活で失敗して大学をダブった。
反省としては「やりたい事がやりたい」という感情で鼻息が荒かったからだ。
「僕がこんなにアナタを好きなんだから、アナタが僕を好きにならないはずがないじゃないですか!」
というロジックで就職しようとしてたのだから、やれやれだ。
しかも、インターンで声をかけてもらったのを蹴って、1社しか受けなかったのだから、やれやれやれやれだ。
後日、親身にしてくれる先輩に諭された。
「お前のために仕事があるわけじゃなく、仕事のためにお前が何ができるかが大事なんだ」
コペルニクス的転回とはまさにこのこと。
それは目からウロコもぱらぱら落ちようというものです。
まぁ、何がダメだったかは確認できたけど、後悔してるかと言えばそんなに。
本気でやったからこそ得るモノはあったし、本気で落ちたからこそ見える景色もあり。
決して健康な人間が悪いわけではないけど、時にその健全さが鈍感さを伴って、 弱い人を無意識的に追い詰めてしまうこともあるのだと気付いた。
ロジックという言葉の意味を知った時は僥倖だった。
完全に黒歴史だけど。
まぁそういう負の思い出は、胸の奥の箱にパタンと大事にしまっておきたい。
じゃあ、もう一回進路決めようという事になり。
けど、あんまり自分のできる事なんてないわけで、
じゃあ「自分のできる事が増やせそうな場所」に進もうと思ったのだ。
そこで協力隊、アフリカに行きたかったのでした。
「自分のために国際援助?」とツッコまれるけど、「貧しい人を助ける」って動機だけなのも疑問。
どんなに「南」の国々の調査なり視察を重ねてパスポートが訪問国のスタンプで埋め尽くされても、何も学んでいないことだってあると思う。相手国や相手の人々をもっぱら援助や調査の対象としてしか見ないからだ。
自分の生きる足元に対する疑問ないし問題の発見からじゃないと、どうも胡散臭くて無責任じゃないか。
安易な善意はときとして無知よりもはるかにたちが悪い。
「出会ってしまった友だちが困ってるから、なんとかしたい」って思いだってバカにできたもんじゃない。
(その実、人生かけて国際援助の仕事に従事する人も現場にはしっかりいるので、悪しからず)
ただ。
友だちをなぐさめるだけじゃなく、なにか力になってやりたいと思うなら、なんにもできないやつのままじゃダメなのだ。
だから、この環境は自分のできる事を増やし続けなくちゃいけない場所だと思うし、そう願って来たのでした。
「自分探し」ならぬ「自分づくり」のつもりでウガンダに来たのでした。
はい。
一つ目の理由終わり。
あー、これは長くなる。
長文と他人の自意識に興味ない人は、ここで優しく「閉じる」のボタンを押すことをお薦めします。
実務的にできることを増やすだけだったら、別にアフリカじゃなくてもいい。
ただ、実務だけ完璧なんて「1万円札しか入ってない財布」みたいで嫌じゃないか。
もっと広い意味で「生きるタフさ」を学びたかった。
「電気も水道もろくにないところでマズイ飯食って生き延びれば、日本でならドヤ街でも耐えられる」
っていう物理的タフさはもちろん身につけたかった。
けど、やっぱり気持ちが折れないタフさ、精神的なタフさが欲しかったのだ。
根はテキトーだし、ぼんやり生きてるつもりだけど、たまに弩級に落ちる時もある。
目の前にあってどうにでもできそうなのに、足すこともできなければ引くこともできない、
まるで六面そろったルービックキューブみたいな、手の出しようのない完璧な悲しみを前にした時とか。
前にも書いたけど、僕はそこでだいたい"放棄"を選んでしまう。
でもそこで、白旗をあげる気にはなれなくて「そんな旗、洗濯しとけばいいさ」なんて流してる。
本音を書けば、
それでいて言い表しようのない胸の内は「ただ呑み込むしかない」と思ってる。
それは雪みたいに降り積もって胸を冷やすのだ。
わざわざ自分で降らしてたら世話ねえよって話。
結局ぐうの音も出なくて耳まで赤くしながら、誰も見ていないところで雪かきしてる。
呑み込む事になれているならなおさらだし、何しろそれが一番てっとりばやい。
早い話が溜め込むのです。考え込むのです。
もちろん死ぬこたないけど、生きてくには厄介だなーと思ってた。
そんなこんなで、タフになりたいみたいな願望があり。
それを学びたいと思ったのが、もう一つの理由。
貧困国と呼ばれるところだったら、現地の人はタフなんだろーと思って。それをマネたいと思って。
ただ、「彼らは貧しくても心がキレイだ」みたいな、自分の視点を放棄して現地の人をただ賛美したりするのは好きじゃないし、
自分の怠惰へのスケープゴートとして現地人を「無能」だと貶める感じも嫌で、
決まりきった生ぬるい定型句言って、でも実際はただ思考停止してるだけみたいのもウンザリだし、
「世の中何もかもヤッツケないと気がすまない!」みたいな、全てを批判したがる若い人みたいなのも苦手で。
拾って、手にとって、しみじみ見て、口に入れて、大事にしまって、また出して、匂いを嗅いで、撫でて、温めてみたいに、長いことずっとそばにいることで分かること、見えることってあると思ったのだ。
そういう事で、僕の問題は「生きてくタフさ」を身につけることだったのでした。
タライに溜めた洗濯物を足で踏みつけてる時
授業で生徒に運動方程式の問題を解かせてる時
長距離バスの移動中に流れてく風景を眺めてる時
どう頑張っても寝れなくて一人でお酒を飲んでる時
思い出しては、思いふけってた。
「バカの長考、休むに似たり」なんて言葉があるけど、ありあまる時間があるんだから仕方ない。
何も考えない結果「帰国した途端、出国前の自分に戻りました」じゃ、日本国民に申し訳ない。
自分で考えることは、怠けちゃいけない。
ブログのタイトルからして、そういうスタンスだ。
ものぐさという名のやんごとなき事情から更新がポイとうっちゃられ続けたのは、怠けてる証拠なんだけど。
2012年1月11日
ねむねむの国での残り
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくです。
昨年はまるまるウガンダに居続けたけど、今年は3月に帰国。
最後の活動をビシッとまとめていこうと思います。
あと、地味なことをコツコツやります。
よく言うんですけどね、
「毎日しっかり寝て、しっかり食って、
人と仲よくしてるやつは、恐ろしいぞ」なんです。
いい年になってから、そういうことがわかりました。
恐ろしいやつになりたいと思います。
それと、ここのブログの方向性もバシッと変えます。
ウガンダであった面白い話を書いてくって方向だったのですが、
もっと自意識タレ流しの主観バシバシ書きます。
正直、読者としてはキライな方向。
せめて読んでくれる人が読んだ時間をかけた分だけの価値があるような事を書いていってるつもり(?)だったけど、これからの自分のために「何をして」、「どう思ったか」をまとめたい。
自意識日記は影で書いてたのだけど、やっぱりどうして人の目にさらした方が論理とか表現とかに気を使って、今後人に話せるネタとして通用するモノになると思ったわけで。
サクサク書くけど、ダラダラ書く。
そうなると、世のしがらみとかに差し障りがある事もあるかもしれない。
けど、世のしがらみが蜘蛛の巣のようなものであるならば、われわれは何だかねばねばしたそのハンモックの上で、ごろりとくつろぐ術を身につけなくてはならないのである。
そうなのである。
そんなこんなでグーグー寝続けて、
目がまだ数字の「3」のままな気がする。
あと3ヶ月、ここもちゃんときりっと起きなければ!
2011年12月30日
Thank You!
「ひさしぶりの友達にメールしようと、書き出しで悩むこと」
ってのがあります。
ってのがあります。
思いはたっぷり詰まってるけど、さっぱり書き進まない。
つまりここもそういう事。
毎日はいたって日常で、楽しく忙しくしてるのでご心配なく。
気がもりもりノってきたら、1年前の話でもさっきの事のように書きます。
次から次へと生き馬の目をひっこ抜いて猛進するこの忙しない時代にあって、1年も前の話などすでにひと昔で、ややもすると「懐かしい」とさえつぶやいてしまいかねません。
まぁ日記に書く時なんて全部過去の事、自業自得の逡巡はこのさい煙草のようにもみ消してしまいましょう。
つまりここもそういう事。
毎日はいたって日常で、楽しく忙しくしてるのでご心配なく。
気がもりもりノってきたら、1年前の話でもさっきの事のように書きます。
次から次へと生き馬の目をひっこ抜いて猛進するこの忙しない時代にあって、1年も前の話などすでにひと昔で、ややもすると「懐かしい」とさえつぶやいてしまいかねません。
まぁ日記に書く時なんて全部過去の事、自業自得の逡巡はこのさい煙草のようにもみ消してしまいましょう。
というわけで。
今年も細々とお付き合いいただきありがとうございました。
思い返せば今年も多くの人にお世話になりました。
いまだに路上生活と背中合わせな身の上でありながら、
どうにかこうにか糊口をしのげているのもひとえにみなさまのおかげです。
どうにかこうにか糊口をしのげているのもひとえにみなさまのおかげです。
石高は一向に増える気配がないのに、一生かけても返せない恩だけが雪ダルマ式に増えていきます。
でも。
いい年こいて子どもの木登りに付き合ったり、
朝早く誰もいない森で雲たちの全力疾走をながめたり、
日だまりの芝生で昼間からビールを飲んでる人生もそんなに悪くないとしみじみおもってます。
またみなさまのお世話になることもあるかとおもいますが、ほんのちょっとでもご愛顧くだされば幸甚です。
来年もひきつづき、どうぞよろしくおねがいします。
2011年10月7日
mo money mo problems②
随分と前。
首都のカンパラから約200km西にあるマサカ県で、隊員主催で街の人達と一緒に清掃活動をするイベントが催された事があった。
イベントは朝から始まる予定だったから、ほとんどの人が前泊入りをしていたのだけど、僕は朝一にカンパラを出て一人で中型バスに乗ってマサカ県に向かった。
今となってはなんで前泊入りしなかったのかは覚えてないけど、その日は朝から二日酔いだった。
精神的にも肉体的にも本格的な二日酔に直面していて、麻雀でオヤマンに振りこんだ時よりももっとむなしい、田んぼの鯨(ぐったりしている)的虚脱感に体の中の80パーセント強が奪われていた。
二日酔緊急対策委員会を招集して抜本的解決の道に歩もうと思ったものの、周りのウガンダ人は誰も同情してくれない。

仕方ないので、アイマスク代わりにサングラスをかけて、耳栓がわりに音楽を聞いて、脱ぎすてられた靴下みたいに椅子でくったり寝ていた。
(その時は、rei harakamiを聞いてぐっすり寝てた。rei harakamiの訃報は、これを書くにあたってたまたま検索かけてて、今更ながら、今、知った。ライブのMCで「さっきトイレ行ったら(高橋)幸宏さんがいて、一緒に立ちションしちゃったよ。幸宏さんと立ちションできるなんてねー。フフフフ。。。」なんてニヤニヤしながら変態スレスレの発言してて、ついつい腹をかかえて苦笑いしてしまったのは今でも覚えてる。もうあの苦笑いもできないんだと思うと、すごく残念。)
首都のカンパラから約200km西にあるマサカ県で、隊員主催で街の人達と一緒に清掃活動をするイベントが催された事があった。
イベントは朝から始まる予定だったから、ほとんどの人が前泊入りをしていたのだけど、僕は朝一にカンパラを出て一人で中型バスに乗ってマサカ県に向かった。
今となってはなんで前泊入りしなかったのかは覚えてないけど、その日は朝から二日酔いだった。
精神的にも肉体的にも本格的な二日酔に直面していて、麻雀でオヤマンに振りこんだ時よりももっとむなしい、田んぼの鯨(ぐったりしている)的虚脱感に体の中の80パーセント強が奪われていた。
二日酔緊急対策委員会を招集して抜本的解決の道に歩もうと思ったものの、周りのウガンダ人は誰も同情してくれない。
仕方ないので、アイマスク代わりにサングラスをかけて、耳栓がわりに音楽を聞いて、脱ぎすてられた靴下みたいに椅子でくったり寝ていた。
(その時は、rei harakamiを聞いてぐっすり寝てた。rei harakamiの訃報は、これを書くにあたってたまたま検索かけてて、今更ながら、今、知った。ライブのMCで「さっきトイレ行ったら(高橋)幸宏さんがいて、一緒に立ちションしちゃったよ。幸宏さんと立ちションできるなんてねー。フフフフ。。。」なんてニヤニヤしながら変態スレスレの発言してて、ついつい腹をかかえて苦笑いしてしまったのは今でも覚えてる。もうあの苦笑いもできないんだと思うと、すごく残念。)
mo money mo problems①
ウガンダあるあるの一つに、"意外と物価が安くない"って話がある。
発展度合いに見合ってないって意味で。
アジアの方が発展してるだろうけど、アジアの国の方が一概に物価は安いと思う。
アジアの方が発展してるだろうけど、アジアの国の方が一概に物価は安いと思う。
そもそもアフリカ大陸に鉄道路線は数線しかないし、高速道路もない。
数少ない幹線道路を使うしかないんだけど、検問(賄賂の要求)、穴のあいた道路、スリップしやすいぬかるみがある上、車の燃料費や修理代もかさんで、全く経済的じゃない。
ケニアのモンバサ港からウガンダのカンパラ(約750km)に商品を送るほうが、モンバサからシカゴ(約8000km)に商品を送るより、費用が高いという残念な話もある。
それに加えて最近の急激なウガンダシル安。2年前の約1.5倍にまで下がった。
日本で言うと、1ドル100円だったのが1ドル150円になったようなもの。
商品のほとんどを輸入に頼ってるので、僕がいる間だけでも随分物価が上がった。
悲しいかな、それに伴って一般人の給料が上がるわけもなく。。。
(比して最近の急激な円高で、切ないかな、日本人に優しい環境になっている)
僕の勤務している学校でも、政府からの交付金が削られたために、寮の生徒達の食料が尽きかけて、閉校騒ぎがあった(ギリギリで回避したけど、明らかに給食が不味くなった)。
全国の小学校で先生たち(薄給)のストライキも頻繁に起きてる。
そんなこんなで。
最近、なんとなーく、それとなーく、治安が悪くなってるように思う。
他のアフリカ諸国の悪い噂に比べたら、ウガンダなんて平和そのものなんだけど、もとが平和だったから、ちょっとでも治安が悪くなるとその落差で余計に感じ入ってしまう(そういうとこは、ちょっと日本と似てる)。
立て続けに友だちが財布をスられた事を耳にして、そんな事を昼間考えていた。
けど最近の治安とかって言うより、
そもそも僕は1年以上前に既に財布をスられていたのだ。
そんな話。
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