2011年1月31日

できっこないをやらなくちゃ

どうもどうも、こんにちわ。

今年の年始は喪中だったので、あまり"おめでとう"やら何やらのないローテーションだったのですが、
そろそろテンションをちょっとずつ上げていきます。

往来で人目もはばからずに裾をつかみながら追いすがり
「行かないで!」
と懇願する僕を、振り払うようにして正月は今年も去っていきました。
しばらくはまた寝てもさめてもこのことばかり、
温かくあふれる恋慕の涙で枕をしとしとと濡らすことになりましょう。


そんな事はさておき、今年について色々と。
今年2011は丸々一年、ウガンダで過ごす事になるのです。
ウガ漬けです。

昨年は言うなれば、種まき。
土地に人に生活に慣れるのが第一で、やりたい事は二の次だった。
いや、それは建前で、、、ビビってた点もあった気がする。いや、正直あった。

だからこそ、”今年は何かとはっちゃけたい”。
相手に気を使って一歩後ろに引いていた所を、ムーンウォークで前に進みたい。
卒なくセーフティーバントできざむより、ダメでもいいから強振でデッカク狙いたい。
かつて坂口安吾が「20代の老成は虚構に過ぎない」と書いていたけど、
その虚構を虚構で突っ走る力強さが欲しいし、虚構を虚構として認められる大人にもなりたいのだ。


そういう気概で"世界"を変えたい。
途上国や貧困という意味での大文字の世界でもいいし、
半径50m内の小さな世界でもいいし、僕の脳内世界でもいい。
それが髪型の世界だっていい。The 世界系男子。
Rasta Hair

せっかく国際協力の現場にいるのだから、それくらい熱い気持ちをワナワナさせたい。
足りないものは行動力で補えばいいという積極的な意思と、欲しいものは欲しいと認める勇気。
見えない何かに向かって、ファイティングポーズ。

そんな、鼻息の荒い今年の抱負のような話。

2010年12月27日

今年もありがとうございました。

連投で、もう今年の締めを。

というのも。
ちょっと鬼が笑う話だけど、2010年末~2011年始はタンザニアで過ごすのです。
青年海外協力隊は、年に20日間だけ"任国外旅行"と言う名で近隣国へ出かけられる制度がある。もちろん自費だけど、アフリカ諸国なんて日本から簡単に行けるもんでもないので、しっかり活用するのだ。

しかも、登ってやりますよ!
アフリカ大陸最高峰、キリマンジャロ!!標高5895メートル!!!
年末から登り始めて、初日の出はキリマンジャロ山頂で拝みます。
富士山経験すらない登山童貞ですけど、チョコ沢山積んで行けばなんとかなるんじゃなかろかと。
タンザニア旅行記は、旅行中手帳にまとめて、帰国後ここに書き連ねます。


そんなわけで、今年の投稿はここまで。
いつも偉そうなことを言いつつも、僕はまだ結局どこにもたどり着いてないわけで、
いつものように少しヘコんで焦ったりもするのだけど、
小さなものをコツコツと一つずつ自分の前に積んでいきながら、
自分らしく前に進んでいこうと、小さく決意する2010年の年末なのです。

Speak softly , people will listen.
Take your time , the world will wait.

今年も本当に本当にありがとうございました。
ふつつか極まりない更新率の男ではあるけれど、来年もよろしくおねがいします。
ときどきここを訪れては息災を確認してくれるすべてのあなたに、表面張力ぎりぎりの真心をこめて。
With Uganda children

UGANDA CURRY LIFE ~邦題・ウガンダカレー物語~

続きモノをまた書こうと思ってたのだけど、
先日まで日本人学校の巡回指導のボランティアに参加してて、書く時間がなくなってしまった。

というのも。
先生のちょっとした手伝いくらいだと思って参加したボランティアが、
授業準備から授業までやらされる、仕事並にハードな活動だったのだ。
これぞまさしく、ボランティアの罠、やりがいの搾取。。。。

ということで。
続きモノについてはまた来年に書きます。


そんな事より、クリスマスですね。
ウガンダは相変わらず季節感無視の暑い毎日なのだけど、
キリスト教徒の多いお国柄、クリスマスムードむんむんです。
みんなクリスマスに合わせて帰省するし、
街は色鮮やかな電飾で着飾ってるし、
しっかりサンタ服の人だっているのだ。


そんな中。
僕のクリスマスは、同県に住む隊員の友達を呼んで、
カレーパーティー兼クリスマスパーティー兼忘年会を行ったのでした。

そう、カレーなのだ、カレー!
日本みたいに恵まれた食材とキッチン設備のない、毎日がキャンプのような食生活を営んでれば、
そりゃあもう、やっぱりどうしてカレーなのだ。

全国のいたるところで行なわれているボーイスカウトからジジババハイカークラブのキャンプまで、
およそ集団自炊料理というものの多くが、このカレーライスを第一に採用し、
「大自然の中でたべるのは最高だなぁ」などと言いながら、
ふっはふっはとそのものの摂取にはげんでいるという場合が圧倒的に多いのは間違いない。

したがって、もし仮に「全国キャンプ料理総合ベストテン」というようなものがあるとしたら、このカレーライスはおそらくダントツのトップに位置し、第二のインスタントラーメンあたりとは大差をつけてここ数年不動の「輝け!キャンプ料理第一位」の座を誇示してやまない、と思うのである。

要はカレーが好物なのだ。もう"ウガンダカレー番長"も過言ではない。
クリスマスパーティーだとか忘年会だとか何かと理由をつけて、
みんなとカレーを食べたかったので、無理矢理みんなを集合させたのでした。

朝から街の市場に行って、野菜を買って、お酒を買って、豚をかっさばいて、
ターメリックやらクミンからやらヨーグルトやらコーヒー(彦麻呂のカレーから学んだ)まで。
コツコツ、コトコト、グツグツ、グルグル、、、、ドーーーーンと!

振舞ったのでした。
そりゃあもう、美味かった。我ながら、自分のカレー腕が恐ろしい。
(自分が作ったもので自分を慰められるんだからこんな安上がりなこともないです、つくづく。)


みんなも豚の角煮やら、自力で育てたイチゴやらを持ち寄ってワイワイ。
(あまりに夢中になってたので、カレー撮るの忘れた。)
Curry party②

そして、プレゼント交換まで企画。
僕はプレゼントをあげるのも割りと好きです。
これは自己満足のお楽しみなので、もらうほうは「プレゼントさせてあげる」くらいのつもりで、
あまり負担に思わず受け取ってもらいたい。
だってプレゼントは贈る側ともらう側、両方の楽しみで、お遊びなのです。
負担に思わず、気負いもせずに、軽やかにやりとりしよう。
だってダンナ、そんなのただのブツですからね。


そんなふうにして、カレーパーティー兼うんぬんは、ワハハハハ、ウヒャヒャヒャと過ぎていったのでした。

ま、実際これは23日の話。
何せ24日,25日はそれぞれ、それぞれの、それぞれがいたりするため。
もちろん両日とも、家で"一人"で過ごしたとも。
ま、自分主催のカレーパーティーが楽しかったから良いのだ。

2010年12月15日

プライベートな話をしよう①

「休暇中は、やっぱり暇なんですか?」
と聞かれれば、「いつでも暇です」と答えます。

ただ、我が家は玄関のドアを開けとけば、誰かしらが毎日訪れる。
その相手をしていれば、いつの間にか暇は解消されてしまうのです。
open-door


先日。
外で洗濯物を干してる最中に、水汲みに来た同僚のジャキと鉢合わせ。
駄話をペチャクチャしてた時。
chit-chat with jaki
「タカ、知ってる?
アメリカとかイギリスって休日に人と会っても、
『プライベートだから』とか言って近所の人とロクに話しないらしいよ。
信じられる??」

どっからそんな噂を仕入れたのか、
個人主義をどっかで勘違いしたのか、、、。

さすがにそこまで極端な事はないだろうけど、その話はあんまり笑えなかった。
アメリカなんかの例を出すまでもなく、日本だって都会にいればご近所付き合いなんてほとんどない。
夜中に「ロウソク切れちゃったから、貸してー」なんて来ないし、
道行く知らない人に「お疲れさまー」なんて挨拶しない。


まぁそういうのは良し悪しの問題じゃなくて、個人の嗜好の問題だけど。
実際、首都のカンパラに行けば日本の都会の風景とさして変わらない。
ご近所付き合いがない代わりに、煩わしさとは無縁な生活を送ってるように思う。
村の若い奴と話してても、
「村は暇だから、都会に行きたい」って言う奴が多い。


そこいくと、出自が下町な自分。
休暇中は、ほとんど村で友達とプライベートを過ごすのです。

2010年12月13日

大げさに言うのならば、きっとそういう事なんだろう

国家試験が終わりました。
生徒に出来を聞くと
"OK"やら"Some how"やら適当な返事しか返ってこないけど、
まぁテスト後の反応なんてそんなもんだ。


国家試験の終わりは、学校の終わりも意味している。
つまり、二年生の卒業だ。

学校が面倒を見るのは、国家試験まで。
職探しは、生徒が自力で行わないといけない。
なので、生徒は国家試験が終わるとすぐウガンダ各地に散って行く。
前にも書いた通り、生徒は全国から集まっているので、
学校での別れは、ほぼ今生の別れなのです。


彼らとは、生徒と先生という関係以上に、人間的な付き合いが多かった。
年齢が近かったし、言葉が不慣れな分、その方が僕にはやりやすかったのだ。

放課後に、実験も補習もバレーもサッカーも沢山した。
英語とルガンダ語を教えてもらう代わりに、日本語も教えた。
赴任当初に近隣の村を案内してくれたのも、
家に押しかけて来て、一緒にウガ飯を作って食べたのも、
一人でいる事を孤独と思わなくなったのも、彼らのおかげなのだ。


出発の日。
生徒を見送ってる中で、
特に仲が良かったAlexに言われた。

「ありがとう、せんせい」

放課後にちょくちょく教えてたとはいえ、まさかの日本語。
つたなくてたどたどしい、これ以上嬉しいものなんてない言葉。
つい堪えられなくなってしまった。


ま。
そんなメソメソ気分なのはこっちだけで、
「お金貯めて日本行くよ!」
「良い先生なるよ!」「デカい男になるよ!」
とか、相変わらず笑える口を叩いて、皆は気持よく帰って行ったのでした。

「絵に描いたモチ」と人は笑うけど、
まだモチを食べたことがない人のほうが、理想を描く力はよっぽど強い。
よっぽど高いモチベーションで、よっぽどおいしそうに、
迷いなく自分だけのモチを描ける。

気持ちの良い汗を。
けして枯れない涙を。
幅広い心を。
下らないアイデアを。
軽く笑えるユーモアを。
上手くやり抜く賢さを。
眠らない体を。全て欲しがる欲望を。

それくらい、でっっっかい人間になってほしいもんだ。
なんてったって、これからの彼らは自由なのだ。
With Students

2010年11月23日

労働CALLING

労働calling
PTCの休暇中についてこれから書こうって時に絶賛放置中のこのBlog。
というのも、今現在(11月下旬)PTCは学年末なのです。
つまり、1年生の進級試験(これに落ちると留年)と2年制の国家試験が間近に迫っているのです。

それに、
"今度の忘年会でタカなんかできない?"という校長からの問いかけに、
即答で ”やらして下さい!” と懇願した手前、色々と仕込みをしているのです。

それに、
親睦会(帰国隊員の送別会やら、新隊の歓迎会やら、キャンプやらを企画する会)の一員もやってるので、"会議" a.k.a "駄話"のために頻繁に首都に上がってるのです。

それに、
生徒とか村の友達と遊ぶとか、掃除するとか、洗濯するとか、放心するとかって重要な用事もあったりして。




つまりは、そういう事なのです。

"自分から忙しいと言う奴に限って信用できない"というのが仲間内での不文律であるのだけど。
"多忙は怠惰の隠れみの"とはよく言ったものです。

特に国家試験に対しては、初めての生徒の試験なので、ちょっと手が抜けないのだ。

そんな「まじな顔」でお送りしている学校ライフです。
「ぼんやり」しながらおもしろいこともあるけれど、
「まじな顔」でやることのほうが、おもしろいことがいっぱいあるから困っちゃう。

という訳で。
更新は今学期が終わるまでしばらくお待ち下さい。


世のため人のため、愛する君のため。
Friends①
Friends②
我ら戦い続ける、労働ウォーリアーズ。
http://www.youtube.com/watch?v=h2Msy57ZPwI

2010年11月4日

彼と彼女とPTC⑥

一学期最後の日。
それは、生徒達が寮から各自の家に帰って行く日。
(学校から30分の生徒もいれば、10時間かかる生徒も。要はウガンダ中に散らばるのだ。)

スーツケースを転がしたり、登山家みたいなリュックを背負った生徒達で校内はドタバタ。
そして、みんなどこなく嬉しそう。
夏休みはいつだって始まる前が一番楽しい。


そんな、生徒達がチラホラとバスに乗って帰り始めた時。
理科室にサスペンダがやって来た。

「マスター!帰る前に友達との写真を撮って欲しいんだけど。」

夏休みは約一ヶ月。その間生徒達は、寮生活を共にした友達とはほとんど会えない。
その寂しさは、ウガンダで一人身生活をしている僕にはもの凄く共感できる。
もちろん一つ返事でOK。


それに、"できることならいつか自分も生徒と一緒に写真を撮りたい"という思いがあった。
皆で仲良くワーッとしてる写真が残せれば、帰国後の自慢の肥やしになるじゃないか。

朝日に輝く密林の彼方を眺めながらこぶしを握り、
「いつかきっと!」などと心のうちを熱くたぎらせたりなどしていたのだ。
そのチャンスがついにやってきたのである。


ワクワクしながら、手でcx1を持て遊んで待っていると、、、




Students of Uganda⑥
サスペンダが連れてきたのはジュリアン一人。

まず彼女の写真を撮って欲しい、その後2ショットを撮って欲しいとの事。



つまり、そういう事か。。。。

さっきまで彼に抱いていた共感が一気に萎えた。



僕が入る隙間は1ミリもなかったので、ファインダーに収めたのは二人だけなのでした。
Students of Uganda⑤

PTCでは、ほとんどの生徒がデキてる。
そりゃあ、年頃の男女が寮生活をしていれば、そういう風にもなるってもの。
ましてやここは"小学生が国民の3分の1を占める国"、みんな元気なのだ。

手をつないで校内を歩くカップルが目に入ると、
「お前らチャラチャラしてる暇あったら、もっと勉強ちゃんとしろやー!」
ってな文句の三つや五つは言いたくもなる。


けど。
そんなのただの嫉妬で言ってるだけであって、
自分だって学生の頃はどーしようもなかったなーなんて、彼と彼女を見ながら思いを巡らせていたのでした。

例えば。
授業中に数学ノートの上欄につぶやきを書き綴っていた高校時代だったり(その後、淳平にノートを貸した事でそのつぶやきがバレて「変態」と言われた)、徹夜で勤務して学校では絶賛睡眠中だったガソスタ時代だったり(爪からハイオク臭が取れなくなった)。

例えば。
人生の中で「陸上部」と「恋愛」のことだけで生きていけたおそらく唯一の時代の、あの頃の僕らであったり。