2011年8月21日

Same Old Drag

「毎月一回はブログ更新する(`・ω´)キリッ

と大見得かいた前回の投稿から、音沙汰なく3ヶ月
全国6人(本人含む)の読者のみなさま、お変わりありませんでしょうか。

僕はといえば、各方面からのプロップスを劇的に失いながらも、ポッケにかろうじて残った人としての尊厳(柿の種サイズ)をティッシュにくるんで引き出しにしまい、どうにかこうにか、生き長らえています。


今さら何を切り出せばよいのだ、と投げ出した匙を数えるのもおっくうになってきた今日この頃。
アクセスもちゃくちゃくとゼロに近づいているのだから、何を期待されているわけでもないとは思うけれども、そうなるとなおさら向こうが透けて見えるくらい動機がうすれてペラペラになり、鼻息でピューと飛ばされたきり、戻ってこないということになります。



今は、学校も夏休み。
けれどもまぁ、休んでいる暇もなく、課せられたノルマが達成できるかどうか、ハラハラするような状況におちいっております。機関誌作成だったり、次回の勉強会の資料づくりしたり、会報の記事書いたり、新聞作ったり、学校に配る活動資料作ったり。
ものすごーく頑張ってるんだけど、端からみるとウンウン唸ってるだけにしか見えないのは、何だか悲しい。

ガソスタでの仕事を僕が愛していたのは、やればやっただけの成果がいつも目に見えてそこにあったからです。
ああ、注入したなあ!というあの感じ、あのシンプルにして怒濤のカタルシスはそうそうない。
「ボタンがあるから押したくなる」という心理にも似た「空だから足したくなる」という明快な理由で、次から次へとやって来るトラック(@勤務先:京浜工業地帯のど真ん中)にガソリンを足していた、6年前のある日の情景が今も鮮やかに思い出されます。したたるほど汗をかいては3リットルの水を浴びるように飲んだあの夏の日はいったいどこへ行ってしまったんだろう。

それにくらべてパソコン作業の地味さ加減といったら!
やってられるかと放り出すことしばしばです。
前頭葉が熱をもつくらいで、汗の1滴も流れやしない。



ここまで作業量が多くなるのも、周りから信頼されて何かと仕事を頼まれるから、という風に受け取ればイイけれど、たんに作業スピードが遅い、と言うより意思決定が遅いからだ。

他の多くの人たちの例にもれず、世界の幸福の多くの部分に大きく関わってると信じて疑わない『おやつ』一つ決めるのも、熟考したい。推し量りたい。妄想したい。


つまり、この状況からの脱却には意思決定の加速に寄与する方策を考える必要がある。

①締切りを設定、早くする。


②もし意思決定が体内の化学反応の結果であるなら、化学反応を加速するようなシステムを考えよう。
これでも理数科教師のはしくれ、化学反応を高めるための手段としては、温度をあげる手があることは百も承知だ。人間の体温を上げれば、意思決定は革命的に早まるかもしれない。すなわち、文字通り「熱い」、まさに熱血人間をつくりあげてやれば、人間の意思決定は高まることが考えられる。(おそらく、現在使われている「熱血人間」という表現は、実はこういう認識をみんなが無意識に持っているために普及している表現だろう。)

もちろん体内反応は触媒反応が多いから、単に加熱するだけでどこまで加速が可能かわからない。さらにあまり体温を上げると、脳が茹だってしまったりしてまずいだろうし、かなりいろんなところでコントロールが必要になってくるし、人体の根本的な改造が要求されてくるだろう。
が。現代のテクノロジーをもってすれば、不可能ではない。

かもしれない。


③別の手は、化学反応プロセスを外部化してやることだ。
つまり、体内の情報伝達物質を合成して注射してやればいい。会議の前にこの一本を飲む・注射すると、悩まずにシャコシャコと意思決定ができてしまうような、そんなクスリができないものだろうか。

これは一種の、ドラッグによる意思決定支援であり、生産性拡大である。
昔から、ドラッグは生産性向上のために使われてきた。
よく聞く話だけど、別に各種のドラッグが規制されるのは、それが有害だからなんかでは全然ない(濫用すると有害なのは、酒だって同じだ)。むしろ、特にアメリカにおいてそれによる非白人たちの生産性向上をおさえるための措置だった面が大きいと言われる。

例えば、大麻はカリブからの移民や黒人たちの間で多用されていた。麻痺作用があるので、大麻を使うと長時間労働が可能になる。これは、白人労働者たちにとっては脅威だった。したがって、大麻はかなり早い時期に取り締まりにあい、白人優位があらゆる面で維持される一助となってきた。

また、コカも重労働のメキシコ人や南米系移民たちが使っていたものだった。かれらはマヤ時代から、重労働に耐えるためにコカを噛んでいた。後の話はまったく同じである。コカを規制することで、連中の競争優位を奪え!

もちろん、ここで欲しいのは、そんな単純労働支援のための感覚麻痺材ではなく、もっと迷いをなくすような代物だ。コカインなど覚せい剤系にはそういう部分もあるけれど、ああいう途中の情報判断をすっとばして単純に軽薄になったりするようなノリも困る。














クスリと言えば。



先日、鼻からクスリを吸入してきたのだった。



















何が言いたかったかと言うと、こういう記事を書くのに頑張ってます、と。

 

2011年5月31日

真面目に不真面目

「ご無沙汰です」と「こんにちは」がほとんど同義語になっております。

なんだかいろいろとやっていた気がするけれど、まァいいか…とうっちゃっていたら熟き乱れたマンゴーの旬も過ぎてしまった。

誤解のないように申し添えておけば、blogが嫌いなわけでも、飽きたわけでも決してありません。
それどころかblogを心から愛しているし、いっそ食べてしまいたいくらいだし、それなしで生きることなどかなわないときっぱり断言してもいい。むしろ好きすぎて手をふれることさえためらわれるから、うっかり汚してしまわないようにblogをていねいに折り畳んで、袱紗に包み、箪笥の奥へとだいじにしまって今やハレの日にしか取り出すことがないくらい、家宝級の扱いです。


そんな中。
隊員のblog公開に対して、日本国内の状況に配慮するようJICAから通達されているのだ。
"日本国内の状況を正しく認識した上で、ボランティア事業に対する無用な誤解や反発を招くことのないよう、十分な配慮をお願いします云々"
⇒こんなご時世、能天気な話題&文章は自粛して下さい。

ここの文章から能天気さを差し引いたら文章のゲシュタルト崩壊を招きかねない、との懸念はあるものの、やっぱりどうしてblogに書くような話は楽しい話ばっかりになっちゃうので、「不謹慎」と思われてしまう危惧も十分理解できる。
なので、書き途中の"キリマン登頂話"と"休日話"についての続きは、忘れた頃にまた書きます。




けれど。
ここは息災の確認の意味合いも兼ねてるので、せめて一ヶ月に一度は更新したい。
だから、5月分の更新をしよう。




最近は、本当に色々やってた。
なんかもう、これらの詳細とこれらにかけた熱き思いを書いてたらパイナップルの旬すら過ぎてしまうんじゃないかって心配もあるから、もう箇条書き。
自分用メモ。自分用報告。自分用労い。自作自演自画自賛。


・機関誌
隊員友達に誘われて、機関誌を作ってた。
前号は外部向けに作っていたのだけど、今回は内輪向け。
駄文を書くのは好きなので、張り切ってパチパチ打つ事、長いこと。

Uganda meets all good 何かScience Show ad
ほけんがかり
内輪ネタを含むので、自分の担当ページの一部だけUP

読んでもらった人に"あーゆー文章好きだよー"なんて言われたりして。
首がチクチクするほど身に余る光栄に浴して、今はただこのよろこびを噛みしめながら襟足のあたりをぽりぽりかくばかりです。

でも一番嬉しかったのは、仲いい隊員友達からのコメント。
"お前の文章は「オレって面白いだろー」みたいな事を全面に押し出してくるから、ムカつく"

よく分かってらっしゃる笑。
んで、次号は編集長をやる事に。
次号のコンセプトは「『ウガンダに飽きた』って言葉に飽きた」


・中間報告会
ウガンダでは、活動一年を過ぎた隊員から新隊員に向けての"中間活動報告会"というのが三ヶ月に一度、首都カンパラで行なわれる。
先日はうちの隊次が担当だったので、自分のためにも活動を振り返って発表資料やらを作成。

対象が"新隊員"って事なので、新隊員が興味をもちそうな"活動の悩み"を中心に。
それと出自が葛飾柴又(付近)なので、プレゼンタイトルは「PTCはつらいよ」↓
Ptcはつらいよ
「男はつらいよ」のBGMと共に発表スタート。
いわゆる出落ち。


・隊員総会
半年に一度、ウガンダ全国にいる隊員を集めて、寮の自主運営についての議論をしたり、各分科会(下記の子ども会等)の活動報告、事務所員への質問なんかをする隊員総会もあった。
編集長として機関誌製作委員の活動報告もあったのだけど、それ以上に、
"じゃあ、司会頼むわ"っていう無茶振りにより、司会進行役。

本番前夜に渡された台本には、各プログラムの下に一行これだけ。
"ここで気の利いたコメントを一言、二言"。

生来のハッタリ気質で、和やかな駄コメントを連投。


・歓迎会
中間報告会の夜に行なわれるのが、新隊員の歓迎会。
これも赴任一年目の隊次が担当。
しかも、担当隊次は会社の忘年会よろしくな茶番をしなくちゃいけないって事になってしまっているので、某アイドルの某曲のダンスを披露。
そのため、空き時間は家で一人ダンスの練習。

担当隊次として当日の司会進行役をまたやっていたのだけど、それ以上に、
"じゃあ、映像頼むわ"っていう無茶振りにより、映像作成。
"真面目に不真面目"が、座右の銘の三つの内の一つ。真面目に練習&作成。

おかげで、結構ウケた。(面が割れると困るので、最小サイズでUP)


・子ども会しんぶん
ウガンダで活動する隊員には色々な職種があるのだけれど、小学校教師・養護教師・理数科教師・PCインストラクター・青少年活動など、学校で活動する隊員が結構いる。
そういった隊員間での自主的な勉強会を三ヶ月に一度首都で行っている。
その名も「子ども会」。
前回の勉強会は発表者という事もあったのだけど、それ以上に、
"じゃあ、新聞頼むわ"っていう無茶振りにより、新聞作成。
CS
内輪向けなので、表紙だけUP。(しかし、まだ作成中。そろそろ怒られる。)


・理数科クラブのTシャツ作成
子ども会とは別に、理数科目に特化した勉強会、各学校に出向いて出張授業をしたりする、理数科教師だけの団体、理数科クラブにも所属。
先日、"じゃあ、Tシャツ頼むわ"っていう無茶振りにより、Tシャツ作成。
全部自分でやっちゃうのは嫌なので、3案提出。
S&M idea①
S&M idea②
S&M idea③
ウガンダの国鳥"Crested Crane"をフューチャーした3つ目がツボだったのだけど、あっさりボツ。
無難なビーカーデザインに決まって、緑色のTシャツを作ったのでした。


・普段の活動アレコレ
あんまりにも相変わらずなので、目立って書く事はないけど、もちろん相変わらず朝から晩まで学校にいる。
授業もしてるし、補習もしてる。

けど、ここは箇条書きで終わらせるには勿体無いくらい熱い思いがあるので、詳細はまた次回。
本当はここにかける熱い思いを一番書きたい。
結局、上記の活動は全部ここに還元するためのスキル磨きであり、余興と言って相違ない。

ただ一つ言えることは、先日卒業した、僕が受け持った生徒が全員国家試験に合格したという事。
誰一人落ちなかった。普段かなりの人数が落ちるのに。
校長と抱き合ったのでした。



あとは、床にこぼれた味噌汁をふいたり、鬱蒼と生い茂る緑に囲まれてヒヨヒヨと鳴く鳥の声を聴きながら玄関先で放心したり、午前中の優しい光のなかでひとりポロンポロンとやったり、Joe Barbieriのジャケ写ばりに外で昼寝したり、うちに遊びに来た隊員友達が「体調悪い」と言い出すので体温計渡したら「39.7度」というK点越えをたたき出したので、マラリアキット渡したらあっさり陽性だったので、看病にテンヤワンヤだったり(一昨日の話)

それに、最近はデモが荒れに荒れた。
ガソリン高騰⇒物価高騰+近隣国のデモ(ジャスミン革命)の影響+在位25年目の大統領に対する反発。
ピンクの液体が無駄に注目を浴びたけど、死傷者も出る程の暴動。

先日も、タウンで一人でご飯食べてた時に目の前の道路を爆音の音響と群衆を引き連れたデモ隊が通過。
それに対して警察が発砲してた。
いや、本当、発砲はドン引きした。人生で初めて"生発砲"を見た。
"City of God"かって!普通に逃げた。

地味にまた、エボラ出血熱出たし。


けど、デモとエボラは日本で騒ぎ過ぎなだけで、こっちではもうたいしたことないです。



あー。
そんな事書きつつ、なんとか5月までには書き終えそうだ(現地時間)
一ヶ月に一度更新という意気込み、なんとか維持。
なにせ、誕生日のメッセージすら未だに返信してないってボンヤリ者なもので。

その節は、たくさんのメッセージを本当にありがとう。
嬉しかったです。

この短い期間に、
ウガンダ一周年、報告会、機関誌、活動、そして誕生日と
たくさんのおめでとう&お褒めの言葉を受け取りました。
たくさんのありがとうを返したいです。

近い未来に色んな所で会える日を楽しみにしています。
どうもありがとう。
(ちゃんと返信するよ!ちゃんと手紙返すよ!)


雨季の最中の曇天のなかでこう蒸し上げられるとたまったものではありませんが、
同時にこの季節を抜けた果てには、染み一つない真新しい夏(乾季)が輝いているという事でもありますから。
"交流戦後半の広島カープの調子も上向いてくるんじゃないでしょうか"
雨隠れの傘越しに暮れる広い空を見上げながら、そんな事を友達(5歳児)と語り合ってる今日この頃。
Talking with my friend

2011年4月20日

深呼吸

日本を離れて、3月25日で丸1年。

節目は大事にする派なので、ここいらで長々と自分語りしてもいいんじゃないかと。


この1年についてぼんやり回想にふけってみると、

あー、大変だったなー

なんて。



私生活@貧困国に関しては覚悟の上だし、慣れちゃえばどってこたない。

乾季で水がカラカラの時は生唾を飲んで我慢するし、雨季で停電になる夜は小学生バリの早寝で誤魔化す。
実際最近こっちは雨季なので、"計画停電"ならぬ"連日停電"。

"これ、絶対お腹下すわー"と思ってたæåŒ 'も素手で食べるし、鶏をさばいて食べることだってある。

蚊の友達に毎晩のように生き血をすすられるけど、変な病気さえ移さなければもうどうでもいいやとさえ思う。


けど、
活動ってやつにはずいぶん苦労かけられた。

学校は、先生の人手が足りないわけでもないし(そのくせあまり学校来ない)、一緒に新しい何かを学ぼうとするわけでもないし、準備されてる仕事なんてほぼないし、自分から動いて頓挫したアレヤコレヤが。。。。


はじめの頃は、日がな机に座ってボールペンを右に転がして左に転がしてるような日々だった。


そういう中で。
こういうことを人はあんまり言ってくれないけれど、
「放棄」という、どんな選択にも必ず存在する究極の選択肢を選んできた。

それを選ばないためにはどうしたらいいかと考えるのが人としてごく自然な流れであるなら、選択肢としてまず絶対にあるんだから、あえてそれに手を伸ばすのだって同じように自然な行為です。

活動に限らず、少なくともこれまでにあったいくつかの局面で、僕は「放棄」を選択してきた。
当然それは褒められたものでは全然ないし、大抵の場合は後悔の種にしかなりません。
へたをすると自虐が芽を出して絶望の花さえ咲きかねない、100パーセント負の遺産。

けど、人に迷惑かけたりとか、自分がおかしくなっちゃったりするぐらいだったら、とっとと逃げちゃったほうがいいし、そういうみみっちい感じやセコイ感じって嫌いになれない。

だからって"いざとなったら全部捨て去ってオホーツクへ行こう"とかそういう話ではもちろんありません。
「必死になったほうがいいのではないか?」という不安をうまいこと言いくるめて取り除こうとしてるのです。
必死になれば結果が出るというものでもないしね。
なるようにしかならないし、ならなかったらならなかったでどうにかなります。


例えば少年漫画とかでよくある
「男には負けるとわかってても、闘わなければならないことが人生に3度ある!」
みたいなのは、フィクションの世界ではいいけど、現実には"ちょっとなぁ・・・"って。

浅いところで思考停止してるように感じるし、
それより"勝てる道をじっくり考えようよ"って言いたくなっちゃう。
(だけど、どうもそっちの男のほうが女にモテるのだ。)



要は、"放棄する"と"あきらめる"ってのは違うって事を考えてきたのだ。
あきらめるってのは、その道を通ってゴールを目指すのが不可能と判断したときに「その道を通る」のを
"あきらめる"のであって「ゴール」をあきらめるわけでは決してない。

放棄をポンポン選択するわりに、あきらめの悪さにずいぶん定評があるのはそのためです。



若い時の悩みなんて今後の人生において立ちはだかる壁の厚さにくらべたら、ベニヤ板みたいなもんじゃないかってテキトーに考えてるふしもあるし。

一方でこんだけ長い事一人でいると、自分の中の内面のところにどんどんミニマムにいってしんどくなって、友達と飲んでる時に変な酔い方して涙が出てくるってことだってある。

大人になったら欝のひとつも経験するのが心身のたしなみだし、それはそれで"欝心地いい"って事だってあるじゃないか。



そういうモンモンも含めて、

あー、大変だったなー

なんて。



まぁ上記のようなネガティブキャンペーンが書けるのも、今、活動が上手くいってるから。
(夜中にしんみり書いてるのも影響ありそうだけど)
連日絶賛停電中だってのもあるし、学期末だってのもあるけど、毎日の生活がずいぶん充実してるから、blogとも距離を置いてるのです。

「じゃあ、何してるんか?」ってのは、また別の機会にじっくり。

今年の抱負のような気概は、しっかり実行・遂行中って事で。

ぼくは言ったことは必ずやる派で、やれないことは言わない派。
また、言ったのにできなかったことはそもそも言った記憶はない派。
もしくはそういう意味で言ったのではない派。
言わずにこっそりやってできたら言う派や、言ったのにやらない派は嫌いだし、認めない。

そんなスットコドッコイな感じで、もう一年をここでのんびりやっていこうかな。


そんで、先日。
全国にいる同期の友達と首都に集まって、"一年間生還記念パーティー"を開催したのでした。
愚痴やら笑い話やら情けない話やらどうしようない話をワッハッハとやったのです。

「思い出の写真」の必要性をお互いに感じていたのも嬉しい。

僕らが昔、写真を撮らなかったのは、いつまでもあの生活が続くと思っていたから。
僕らが今、写真を撮ろうとするのは、永遠に続くものなんてないかもしれないと気づいたから。

The celebration of survival @ Kampara
世界各地の同期の皆様。
ウガンダの21年度4次隊は元気にやっていますですよ。

2011年3月16日

それぞれできる事

いつまでも忘れらないような一日の事は、ウガンダでも伝わってます。
Musisi azze mu Japan envuunulabibya!

その日は、同県の隊員友達が活動している小学校の陸上大会の手伝い。
確か、女子の800mを応援してた時。

事務所から
"Tohoku Kanto de jishin.
Shosai hitsuyo na hito wa renraku kudasai"
という、ショートメールを受け取った。

こちとら関東人だけど、その中途半端な情報に"まぁ、いいか"とあっさり流した。


その後、槍投げの応援をしてた時。

隊員友達から
"確か、東京出身だったよね?
(中略〜地震の話を聞く〜)
だから、まずは家族に連絡とったほうがいいよ!"
という、電話を受け取った。

その場ですぐに両親の携帯に電話したのだけど、不通。
実家@葛飾区に電話しても、不通。
友達A@東京に電話しても、不通。
友達B@東京に電話しても、不通。
・・・・
"とんでもない万が一"が脳裏をよぎり始めたものの、
数時間後に家族&友達の無事を確認できたので安心しました。

けど帰宅してネットで見た津波の絵には、なんだかもう、なんだかどうして、分からなかった。
のんびりしたウガンダと、想像以上に悲惨な日本とのギャップに、理解が追いつかなかった。
そこに、涙が追いつかなかった。


ウガンダでもずいぶん騒がれてる。
ローカル新聞でさえ一面トップだったし、ラジオやテレビでも流れてる。
生徒と同僚にも、両親・友達の事をたくさん心配される。



一人で茶碗をコチコチ洗ってる時、急に寂しくなった。



地震関連情報は生の速報が知りたかったので、
Twitter(たまにUstとニコニコと2ちゃん)を中心に追いかけていたのだけど、
ひとつずつの現場でそれぞれの人がそれぞれできることを取り組んでいるのをずいぶん見かけた。
有意義な情報を拡散させたり、冷静で的確な意見を述べたり、文字以上の鼓舞をしてみたり。
井上雄彦さんのSmileは、効いた。
 Smile60. #prayforjapan #tsunami on TwitpicSmile59. #prayforjapan #tsunami on TwitpicSmile61. #prayforjapan #tsunami on TwitpicSmile66. #prayforjapan #tsunami on Twitpic
Smile62. #prayforjapan  #tsunami on TwitpicSmile64. #prayforjapan  #tsunami on TwitpicSmile65. #prayforjapan #tsunami on TwitpicSmile66. #prayforjapan  #tsunami on Twitpic
Smile53. #prayforjapan #tsunami on TwitpicSmile45.   on TwitpicSmile44. on Twitpic Smile58. #prayforjapan #tsunami on Twitpic


気のふさぐような時、笑顔を眺めているとさっと目の前が晴れて、澄んだ空気が流れ出す事ってあると思う。

「笑顔には笑顔が返ってくるもんだ」って経験則もある。

笑顔がなにかのビタミンのように周囲を元気にするのも見てきた。

心にもない笑顔でも、それなりに小さな灯になる場面があるのも知ってる。


それぞれの場所で、それぞれの人が、それぞれできること。
Pray for Japan

ご心配な状況が続いてるみなさんには、
ご無事と安心をお祈りするばかりです。

とても範囲も広い、被災の現地にあって、
献身的に、さまざまな仕事に取り組んでいる方々には、
遠くにいるものですが、お礼をもうしあげます。

ひとつずつ、救助や復旧が進んでいること、
敬意を持って見守ってます。

ひとつずつの現場の問題に取り組んでいる人びとの、
勇気と尽力に感謝します。