2010年6月29日

We can't wait. ~Let's go 2010~ ⑨

デンマーク戦当日。

デンマーク戦は、任地のMityana県のタウンで先輩達と観戦。
ここぞとばかりに代表ユニフォーム(06年版)を着て、"日本"・”大和魂”のハチマキ持参。
先輩と一緒に巻いていたけど「せっかくなら」と、友達のウガンダ人に着けてもらった。

これが意外とジャストフィット。

そんなキャッキャッとはしゃいでいる間に、ウガ時間午後9時半にキックオフ。

観戦場所はタウンのテレビ屋さん(個人的に呼んでるだけ)。
三台テレビが置いてあり、真ん中のテレビでカメルーン対オランダ戦、左右で日本対デンマーク戦を放送(音声は左右のテレビだけ)。同時刻に二試合観戦可能な素敵スポットだ。
観戦料の500UGX(25円)を払って、セボ達とワイワイしながらパブリックビューイング。
(セボ:ルガンダ語で男性の総称。Mr みたいな物。ちなみに女性はニャボ)


試合はご存知の通り、驚きの3得点で日本の勝利。
かけた眼鏡だってずれ落ちないほうがおかしい。
試合開始前から「ホンダはスゲーよ。アイツは今日もやるぜ」と、いかにも知ったかしてたセボとも、ゴールの度に抱きつきハイタッチ。
カメルーン戦を見逃してただけに、嬉しさも一塩です。

もちろん、試合後は皆で勝利の宴がキックオフ。

(∩´∀`)∩ ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ

⇒起床と同時に『頭痛』という延長戦に突入。
そん中、用事があったのでユニフォームのままカンパラへ。それまでは「ナカムーラ」と声をかけられてたけど、あの試合からはセボ達に「ホンダ」「ホンダ」と声かけられます。

2010年6月23日

We can't wait. ~Let's go 2010~ ⑧

中華料理屋の宣伝はさておき、9時半からはデンマークvsカメルーン戦を観戦。


こちらの試合はドミ近くのスポーツバー、"Just KICKING"で観戦。


負けた時点で予選敗退が決まるこの試合、お昼の同組の試合とは勢いが違った。
特にカメルーン。最初からウイイレよろしくなスピードとフィジカルで縦横無尽にフィールドを駆け廻っていた。



ボールを奪う。人のいないサイドにロングパス。
異常な脚力で追いついてワントラップでセンタリング⇒シュート。
そうかと思えば、ロングシュートもガンガン打ち込んでくる。

とにかく早い。足も早ければパスも早い。
そして、バカみたいに怒涛の勢いで突っ込んでくるのだ。

日本代表の試合を見慣れた目には、そのシンプルで早くて粗い"爽快で混沌のサッカー”は、
違うスポーツかと見紛う程魅力的で、酒の力も借りて僕は陶酔してしまった。


それに。
その鬼気迫る必死さは、アフリカ勢が次々と敗れる中で、アフリカ中の期待を背負ってアフリカサッカーを世界にアピールするためのプレーのようにも見えた。

ちょっと言い過ぎか。
毎日悲しそうにアフリカ勢の敗退を伝える生徒との会話を思い出して、変に情が移ってしまったのかもしれない。フィールドに負けないくらい、懸命にカメルーンを応援するウガンダ人達と一緒に大騒ぎして試合観戦したからかもしれない。



何にせよ、
カメルーンの勇姿が心のずっと奥の方ⓒTHE BLUE HARTSにグッと来てしまったのだ。




試合は、カメルーンが上記のような勢いで前半に点を上げるものの、一瞬のスキをつかれて二失点。それに、後半は最初の飛ばし過ぎが原因でガス欠を起こしている感は否めなかった。

それでも、彼らはひたすらシュートした。
誰が見ても息切れが分かる体で、文字通り体当たりし続けた。

素人目には、デンマークが守備を固めたのか、カメルーンが押してたのか区別はつかないけど、カメルーンが攻勢有利だったのは間違いなかった。
差なんて髪の毛一つ分くらいの差しかなかった。



その後もカメルーンのシュートはゴールネットを揺らす事なく、試合終了。
その瞬間、カメルーンのワールドカップもアフリカ中のため息ともに終わった。
ただ、何度となく噛み続けた”不屈のライオン”のプレーは、僕の胸を熱くさせるには充分過ぎる程だった。

We can't wait. ~Let's go 2010~ ⑦

試合は、ウガンダ日本人会の方々と一緒に観戦。

というのも、先日ウガンダ自治会広報からの連絡網が回った↓
ーーーーーー
(要約)
ウガンダ日本人会(ウガンダに滞在してる日本人)の方々が、日本代表を共に観戦しようと声をかけて下さいました。皆で一緒に観戦しましょう。
ーーーーーー
協力隊員だけでも100人を越える大所帯。
イメージでは”オリンピック選手の母校で行われる応援風景”みたいになるのかと。
キャー!!ワァー!!ウォー!!って奴だ。
そのため、わざわざカンパラまで上がって観戦する事にしたのです。







午後2時30分。
主審の笛が高らかにキックオフを告げたその時。

観戦会場に集まった人数、20人くらい。

椅子から派手に転げ落ちそうになった。

意外と皆さん、任地で見るものなのね。。。

肝心の試合は、特に大騒ぎするでもなく(人数が少なかった事もあるけど)、静かにじっと息を飲んで緊張しながら観戦してました。





試合内容については、皆様ご存知の通り。
かなり攻め込まれてたし、その割には大敗予想を覆す健闘だったし、
素人目にもナカムーラの耐用年数が露呈してしまったように見られたし、
最後の岡崎のシュートには皆立ち上がったし、
長友は地味に良い仕事してた(と、先輩が言ってた)。

ただ、途中出場した玉田の肌があまりに白く、
”うちらより白いじゃねーか!””仕事してねーんじゃねーか!”
という罵声が飛び出たのは、さすがアフリカ滞在者と思いました。
という訳で、見応えのある試合でしたね。
さすがに日本代表に熱くなるって程の試合ではなかったですけど。



個人的には、観戦後に同期と行ったレッドランタン@中華料理屋の麻婆豆腐とのフードファイトの方が熱かった。激辛なくせに不思議と美味い。二人して滝のような汗を流しつつ、ついついまた皿に盛ってしまう。取っ付きにくいけど、なんだか放っておけないツンデレな彼女。
憎いけど、タイプです。


これだけ飲み食いして二人で1000円ちょっと。
ウガンダお越しの際はレッドランタン、オススメです。

We can't wait. ~Let's go 2010~ ⑥

オランダ戦当日。

こっちはオランダ戦の試合開始が午後2時半。
ただ前回の失敗もあるので、試合観戦のために朝一でカンパラへ。

家から代表ユニフォームをしっかり着て行ったので、
道中「今日は日本戦か?」「頑張れよ!応援してるぜ!」的な熱いメッセージを多々もらった。
ウガンダ人からすると、ムズング同士の試合ならやっぱり日本を応援するみたい。
(ムズング:ルガンダ語で、白人・外人の意味)


が。
カンパラへのマタツに乗車中、セガールにサイレンサー付きの銃で狙撃されたのかと思う程の「パスン!!」という音を立ててタイヤがパンク。
「また試合を見逃すのか」と内心穏やかでなかったが、コンダクターと運転手が穏やかにタイヤ交換。試合観戦への道は遠いぜよ。


そんなこんながありつつ、12時にはカンパラのドミに到着。
代表ユニフォームまで持ち込んでるくせにカメルーン戦を見逃した件について嘲笑と失笑を先輩達から頂きながら、試合観戦会場に向かった。

2010年6月17日

We can't wait. ~Let's go 2010~ ⑤

気になるのは、我らが日本代表。

さすがに日本チームの紹介は半ページ。けど、ドーハの悲劇からジョホールバルの歓喜まで掲載されていて、なかなか研究されてます。

ただ、気になるのは写真。
どう見てもこの写真には”寿司ボンバー”こと高原氏と、”ツネ様”こと宮本氏がいる。

・・・・これ、前回のドイツ大会じゃなかろか。


更にもう一点。
日本のKey playersには、下記の三人が紹介されている。
・Shunnsuke Nakamura (Espanyol)←現在横浜。
・Yuji Nakazawa (Yokohama)
・Shinji Okazaki (Shimizu)

どう見てもこの写真は岡崎には見えない。

・・・・これ、玉田氏じゃなかろか。


これを読後に日本戦を観戦したウガンダ人は、岡崎の顔が他人のように豹変している事に驚いたに違いない。岡田監督の掲げる「世界を驚かすサッカー」は、ウガンダではしっかり実現されてます。

We can't wait. ~Let's go 2010~ ④


サッカーには詳しくはないけど、副職が自称”フィールド・祭りスト”。
お祭り好きなので、気持ち的にはガンガン上がってます。
前回大会は、しっかり代表ユニフォーム着てド深夜に渋谷でパブリックビューイング(ハシャギたかっただけ)。

そんな訳で、更にアガるアイテム”ワールドカップ特集の雑誌”を買ってみた。
値段にして5000UGX(約250円)。


これがまた結構よく出来てて、全出場国のプロフィールからスター選手までしっかり押さえてるのだ。(にわか)サッカーファンには、たまらん一冊です。



2010年6月15日

We can't wait. ~Let's go 2010~ ③

そして、ついに日本戦。

ウガンダに来る前は、カメルーン戦の観戦は完全アウェーだと心配してたけど、ウガンダ人はそんなにカメルーンを応援してる様子はない。
むしろ日本サポーターがいるくらい。
(サッカーに限らず、日本に好感を持ってる人は多い。)

ナカタ、ナカムラはこっちでも有名人。
ただ、ナカムラはどうなんですかね。色んな意味で今大会のキーパーソンじゃないかと。


ま。能書きはこの辺で。


試合だ!試合!

果たして、ホンダはナカタ・ナカムラに続く有名人になれるのか!?
日本はどれ程の大差で負けるのか?!
それとも、まさかの・・・。皆で観戦して来ます!
                       つづく。








↑上記の文章を書いたのが、今朝の事。
こっちではカメルーン戦が午後5時から試合開始だったので、
先輩達と4時からタウンで飲み会をキックオフして観戦する約束をしていた。

今日は授業がないので、早く切り上げて参戦する気満々だった。

が。
今日に限って朝から職員会議。
会議開始、午前9時。





・・・・・長い。(この時、午後1時)





このままだと間に合わない。。。(この時、午後3時)





試合始まっちまったよ!!(この時、午後5時)





We can't wait!!  Let's go town!! (この時、午後6時)





そして、カメルーン戦終了と共に会議も終了(この時、午後7時)
むしろ、終わらずに明日の朝も会議の続きをする事に。

その時、
南アでだけでなく、ウガンダでもアフリカンの身体能力の高さと戦ってました。


てか、どーせ負けると思ってたら、勝ってるし!!
何それ!嬉しいけど、、、、何それ!!
オランダ戦こそ、アフリカ大陸から中継します。
今度こそつづく。

We can't wait. ~Let's go 2010~ ②

盛り上がったのは、イングランド対USA戦。
ドミの近くにはアイリッシュパブという名のオシャレスポットがあり、
昼間は落ち着いたバー、夜はターンテーブルが出てくれば、
スポーツ観戦も出来れば、生バンドの演奏なんて事もあるイカスnight spot。

そして、ウガンダにはJICA同様、VSO(イギリスのボランティア組織)、Peace Corps(アメリカのボランティア団体)も数多く活動しているので、この日のアイリッシュパブは案の定、両国サポーターだらけ。

皆でお酒飲みながら、野外のプロジェクターで試合観戦。


"C'mon England!!" "C'mon England!!"
"U.S.A!!" "U.S.A!!"
の声援もそこかしこから。


一番盛り上がったのが、イングランドキーパーのあのプレー。
あの時は、悲歓入り乱れての奇声が鳴り止まなかったですよ。

We can't wait. ~Let's go 2010~ ①


時事ネタ挟みます。
もちろんこっちでも盛り上がってますよ、ワールドカップ@南ア大会。
元々サッカー大好きウガンダ人。プレミアリーグはしょっちゅう見てる。
おかげで頻繁にどこチームのサポーターかを生徒達に聞かれる。
最近の若い子みたいに欧州サッカーには詳しくないので、返事はいつも一緒。
「紅白柄チームの、ルーニーは熱いよね!」
(生来のハッタリ気質が遺憾なく発揮された発言の一つ)

そして、ここは時差がない分、南アと同じ時間で観戦できるのだ。
試合時間になると、街頭テレビが大人気。

初日の南ア戦はこの有り様@デパートの電化売り場。
アルゼンチン戦はこの有り様@夜のクラブ。

2010年6月12日

ウガシャツ工場見学(午前中)③

やっと、GAME内にある銀行の支店に。

長蛇の列を待ち続けること、数十分。

遂に、お酒が原因で別れた彼女(カード)と再会!
これで借金苦から脱出して、二人の幸せな関係を取り戻せる。。。


が。
変更前の暗証番号を尋ねたところ、
「カードを作った本店に行ってくれ」
と、キャッシュディスペンサーの指示よりも冷たい返事。


前述のタコのせいで想像以上に時間を食ったので、結局本店には行けず。
・・・一度壊れた関係は、そう簡単には修復不可能という事か。

こうして午前中は、暗証番号の分からないATMカードとタコとのドライブで終了。

ウガシャツ工場見学(午前中)②

この日も街でマタツを探し歩いて、"GAMEに寄るから乗ってけ"と誘そうコンダクターのマタツに乗って、いざ出発。




荒い運転に揺られる事、約1時間。




全く着く気配なし。
いくら前回全力で寝てたとはいえ、同じ街中にそんなかかるわけない。
さすがに不信に思い、コンダクターに尋ねてみた。

"You're lost" の返事+ヘラヘラ顔。

しかも、このマタツはカンパラを出てムコノ県に向かっているらしい。
ちょっと待て、こちとらGAMEに行きたいのであって、ムコノ県じゃない。

彼曰く、乗り続けていればカンパラに引き返すのでGAMEにも着けると。
それなら、着くまであとどれくらい時間がかかるのか尋ねてみた。

"It takes 2 hours" の返事+チャラチャラ顔。




貼り直しの切手どころか、人気のソフトクリームより舐められた。

俺様ルールの中に、
『"プライドが無さ過ぎる"、"常識から外れている"、"人を傷つける"

この三つが揃う時は心からブチギレて良し』
というのがある。
このタコにはこのルールが適用可能だったので、しっかり日本語でブチギレた。

結局、道の途中で降ろさせ(そこまでの金額はしっかり取られた)、
反対の道路で違うマタツを拾ってカンパラに逆戻り。
疲労を拾う。

ウガシャツ工場見学(午前中)①

この日は、ウガンダの繊維・服メーカー、フェニックス社の工場見学。

ただ午前中は自由時間だったので、紛失したATMカードを奪還すべく一人でGAMEショッピングセンターへ。


ウガンダでは、トヨタの中古ハイエースを使った"マタツ"と呼ばれる乗合いタクシーが市民の重要な交通インフラなのだ。街中ではマタツが街中をグルグル回ってバスの役割を担い、長距離移動の場合もマタツが電車代わり。



マタツは運転手とコンダクター(客引き+精算係)の二人一組で営業。
乗車前にコンダクターに行き先を告げ、その場所に着いたらコンダクターが声をかけて降ろしてくれる。もちろん、乗客が声をかけて自由に降りる事も可能だ。



マタツの悪名高い所は、
・乗客で一杯になるまで発進しない
・コンダクターの言い値で、たまにちょろまかされる
・ハイエースに20人くらい、ぎゅうぎゅう詰めで乗る
・(運転手にもよるが)運転が荒い
・追突された時の死傷を避けるため、なるべく後ろには乗ってはいけない(協力隊員のみのルール)


要は、厄介な乗り物なのだ。
始めは乗るのもビビっていたが、今や慣れたもんでしっかり毎日の"足"。

2010年6月10日

美味しいお米が食べたい④

研究所で研修の面倒を見て下さったのが、
「ミスターネリカ」の通り名で知られるJICA専門家の坪井さん。

【坪井 達史】
1949年大分県出身。
日本大学農獣医学部拓殖学科卒業後、75〜77年協力隊に参加しフィリピンで稲作を教える。
79 ~81年JICA海外長期研修制度を利用し、フィリピンの国際稲研究所(IRRI)で学ぶ。
81年からJICA専門家として、インドネシア、フィリピン、コートジボワール、ガーナ、イランに勤務。2003年からネリカに関わるプロジェクトに参加。04年6月以降ウガンダを拠点とし、東南部アフリカのネリカ米普及に携わる。

早い話が、グレートマンなのだ。

驚くのが、話を聞く限り日本にほぼ帰国していない。
まさに世界を股にかける男。
そのくせ、しっかり所帯持ちなのがまた憎い。

更に驚くのが、Newsweek誌の「世界が尊敬する日本人 100人」にも選出されている。
つまり、北野武、白洲次郎、徳川家康、益川敏英、高木正勝、トクマルシューゴ、カワイイ大使(外務省が任命したポップカルチャー発信使)、サツマ(温習ミカン。欧米で「サツマ」といったらミカンのこと)と肩を並べる存在という事だ(毎年思うが、あの選出基準は謎過ぎ)。


農家のおっさん特有の素っ気なさと頼り甲斐を兼ね備えている坪井さん。
広大な風景を背に煙草を吹かす姿には、女性でなくても痺れてしまう。




印象的だったのは、その日の研修終了間際の話。

”もし自分の娘がアフリカに行きたいと言ったら、絶対反対する”
何が起こるか分からないアフリカなんて危ない所には、自分の子供は行かせたくないのが親心だ、との事(自分の事はさておき)。

「怪我と病気にだけは絶対なるな。
親御さんには心配させるな。」(坪井談)

胸が熱くなるお言葉、まさにグレートマン。

ちなみに、本人は毎日の”卵かけご飯”のおかげで病気にも怪我にも無縁らしい。
日本のソウルフード"卵かけご飯"を食べて僕も強くなります。

美味しいお米が食べたい③

研修は、午前中にネリカについての説明と試験場の見学をして、午後はネリカの田植え実習。

ネリカは陸稲もイケるのだが、今回は水稲を。
もちろん日本で田植えなんてした事ないので、アフリカで田植え初体験。

稲間は均等に、稲は垂直に、植える時は深過ぎず。。。

言うは容易く、行うは難し。

不器用な性分なので、たかが田植えに脳内神経フル稼働。
こうして、僕の田植え童貞はアフリカのナムロンゲで捨てて来ました。




それと、その日はとんでもなく快晴な田植え日和。
加えてここは作物資源研究所、見渡す限りの緑と緑。
その緑とこの日の快晴はベストマッチなタッグなのだ。

慣れない農作業でへばった体にとって、その風景は心やすらぐ一服の清涼剤のよう。













鼻腔の奥をフルオープンにして、深呼吸を一つ。












なんだか、あまりに呑気な世界に酔いそうになった。

でも下手に口先であーだーこーだ言うより、そういう味わい方で良いのかもしれない。

ブルース・リー先生もおっしゃっています。
「考えるな、感じろ」とね。さすが先生、含蓄があります。

2010年6月9日

美味しいお米が食べたい②

車で揺られる事、30分。
ナムロンゲの国立作物資源研究所に到着。

ここで、ネリカについて簡単に。
ネリカとは、英語でNERICA、New Rice for Africaの略称。

アフリカでは、昔からアフリカイネという品種の米が栽培されていたが、後に収量や栽培管理の面で有利なアジアイネの栽培も拡大。ただ、旱魃や害虫なんかの問題山積みでなかなか生産量も上がらず。

そこで、従来のイネの品種改良では達成できなかった特性を持つ品種として、1990年代にアフリカ人の育種家によってネリカが開発された。
従来のイネ品種(アフリカイネ、アジアイネ)と比較して有利な点は、次の通り。
  • 肥料を与えない場合でも、従来のアフリカイネより収量が多い(50%増)。肥料を与えると更に多収になる(最大200%以上)。
  • 在来のアジアイネは栽培期間が120-140日間であるのに対し、ネリカの栽培期間は90-100日間。栽培期間が30-50日程度短縮される。生育が速いことは、雑草との競争でも有利。
  • 乾燥や病害虫に対する耐性を持っている。
  • 米にタンパク質を多く含む。親となったアフリカイネ・アジアイネのタンパク質含量は 8%程度、ネリカはそれよりも 2%ほどタンパク質含量が高い。

早い話が、グレートライスなのだ。

一昨年。
横浜で開かれた第4回アフリカ開発会議(TICADIV)で日本政府は人口増による食料不足をなくすため、アフリカ大陸でコメ生産を10年間に倍増すると公約(懐かしさすら感じる、当時の福田首相)。

問題は、どこから、どうやって米を普及するか。
そこで白羽の矢が刺さったのが、気候が穏やかなウガンダでの、ネリカ米普及だったという訳。

現在では、ウガンダがアフリカでのネリカ米普及の拠点となっている。
                               【ネリカ紹介 完】


肝心のお味について。
お昼に炊きたてのネリカを頂いた所、これが美味。旨いのだ。

それまで僕らは、ドミ近のスーパーで買った”スーパーライス”という名の米を食べていた。
彼がマズイ。炊きたてもマズければ、炊きたての臭いすらマズイ。
いかがわしい名前に負けない、いかがわしい味がするのだ。
けれど、何をトチ狂ったか、僕らは彼を大袋で買ってしまった。
そのため、彼は毎晩食卓に現れ、僕らをゲンナリさせ続けていたのだった。

そんな米を食べ続けたおかげで、舌が若干麻痺していたかもしれない。
ただ、その分を差し引いてもネリカは美味かった。グレートライスだ。

美味しいお米が食べたい①

赴任前研修の一環で、
ネリカ研修@ウガンダ国立作物資源研究所へ。

国立作物資源研究所は、首都カンパラから北方25キロのワキソ県ナムロンゲ村にある。


それまではカンパラ内の渋滞道路しか知らなかったけど、一歩カンパラを出れば、それはもう想像通りのアフリカ道路。



ドーーーーンと真っ直ぐ。


そこを、パーーーーッと駆け抜けるのだ。


後ろに走ってたバイクは、
どう見ても「モーターサイクル・ダイアリーズ」。

やっぱり、真っ直ぐってのは気持ちがいい。

2010年6月7日

iBAMBA MUSEUMへ③

そして、隣接するレストランへ。

ミュージアムのレストランは大概豪華。
東博の法隆寺宝物館に行った時に、そこのレストランがホテルオークラだったのはさすがに驚いたけど、まぁ得てしてミュージアムってものはそんなもんだ。

iBAMBA MUSEUMも例に漏れず。
と言うか、ウガンダでここを超える高級レストランには遭遇したことがない。
ビュッフェ形式で一人20,000UGX。入館料が3,000UGXだったのを考えると随分だ。
もちろん、美味い。

ただサラダ横にあったソースをサラダにしっかりかけたら、それが激辛チリソースだった。
オシャレな場所にそぐわない程、見苦しく悶絶。
確かに、ソースをかけた時にコックに声をかけられた気がしたけど、
「美味いよ」的な意味かと聞き流してた。語学、勉強します。

ウガンダに訪れた際は、ぜひiBAMBA MUSEUMへ。



iBAMBA MUSEUMへ②

ミュージアムの楽しみと言えば、特別展とショップと食事だ。

いらない物を買ってこその人生、"Life needs 無用の用"。
変な物を色々と買い込もうと思ったけれど、iBAMBA MUSEUMの
ショップは想像以上に良い物が沢山あった。
伝統装飾具、衣装、置き物、布、楽器、、、etc。デザインもなかなか。

何度も言うように任地での家がどんなもんか分からんので、
買い込むのは次回と言うことで今回は鑑賞のみ。

のはずが、シマウマと目があってファンシーな筆箱を買ってしまった。

iBAMBA MUSEUMへ①

そんな話はさておき、iBAMBA MUSEUMへ。

ミュージアムと言っても、そこはウガンダの歴史資料を集めた博物館だ。
本心はウガンダ現代アートを鑑賞したかったのでちょっとガッカリ。
けれど、平日の博物館特有の閑散とした静かさと物哀しさがあってグッド。
ウガンダの歴史、産業、文化、動物、虫、、、etc。
小一時間ゆったり堪能。

その中、館内にいたおばちゃんに声をかけたら、伝統楽器を演奏をしてくれて、
ついでに僕らにも演奏させてくれた。
影響の受けやすさには定評がある身、早速DVD購入。

AOMORI MUSEUMで

前述の事はさておき、目的のミュージアムへ。


昔は美術とかには全く興味なかった。
退屈で暇なだけで。
けれど、愛すべき変態な友人達@大学から影響を受けて、気づいたらそっち方面の研究会に所属する位、関心を持った。
Chim↑Pom、好きですよ僕は。
興味って言っても、結局その程度ですが。


美術館では青森県立美術館が良い。
特別展の寺山修司展の猥雑な感じ、ショップでかかってたForestvathがタイプだった。
遠路はるばる長距離バスで一人で行って、半日くらい遊んで帰ったのは良い思い出。


協力隊には「デザイン」なんて職種もあって。
要請内容は、一村一品に貢献したり、美術の授業を受け持ったり、ミュージアム展示の企画運営を担当、なんて人もいた(ちょっと羨ましい)。

協力隊の合宿所での、芸大卒の友達との美術&思想談話は、そりゃあ楽しいものだった。

2010年6月6日

海より深く御免なさい

同期とドミ近のミュージアムを訪れる事にした。
そこは乗合いタクシーでドミに帰って来る度に何度も目に入って、前々から気になっていたのだ。

僕を含めて全部で4人。
4人もいれば、心もデカイ。
またパシャパシャと風景を撮っていた。

が、突然ライフルを携帯した軍の方々に拘束。

というのも、ミュージアムまでの道にイギリス大使館があり、その周囲は撮影禁止地区。
そうとも知れず、呑気に風景を撮っていた所を捕まりました。
謝まれば済む問題だと思ったものの、建物内に連行。

どう頑張ってもスパイには見えない風体なので、
「こんな時ショーン・コネリーならどうするか」
なんて呑気に考えつつ、建物内を興味深く見学。
建物内の人もテキトーな業務作業で尋問して”もう帰っていいよ”という体。
「それじゃ、お疲れさん」と思って帰ろうとした所、


奥から彼が現れた。

皺の深さから初老の域だと推測できるも、常人の2倍くらいの重厚な体躯。
唇の上のコールマン髭。感情表現の仕方を忘れたかのような鬼気迫る無表情。
そしてアノ目だ。”死線をくぐり抜けてる目”を人生で初めて見た。
鬼軍曹トム・サイズモアが滑稽に思える程の、人を呑み込む迫力がそこにはあった。


 何故写真を撮った?
⇒たまたま風景を撮っていただけ
⇒風景を撮りたければここである必要もない
⇒何故写真を撮った?
という論理で執拗に詰問し、一転して緊迫。

頭の中のレッドアラートがガンガン鳴り響く。
このままでは本当に”とんでもない万が一”が起こりかねないと察し、
襟を正して真剣に対応。

こういう時はひたすら平謝りするより、
相手の質問に対して真摯に一つ一つ返答した方が対応が良い事は、
叱られ人生の経験上、体験済みである。


が、論理とは無縁の「たまたま」だっただけに説得難航。
必死に平謝りして釈放して頂いた。

この前にも、土着の新興宗教のミサに興味本位で同期と参加し、
「目の前で人が狂い始める乱痴気騒ぎに4時間拘束」
という事態にあったばかりだ。

「物見高いは江戸の常」って言葉が五体に染み入る。

2010年6月5日

電波blog②

ただ赴任前の身としては、自分の住居がどこまで田舎なのかが不明。
もし調子にのってOrangeと契約しても、任地で使えなかったら意味がない。

そのため、同期と共に無難にMTNでネット契約。

ダウンロード容量が2Gと決まっているものの、
「2Gを超えて使えなくなったなんて人は聞いたことがない(先輩談)」。
そういう、ちょっと抜けてる感じには強いシンパシーと愛を感じる。

MTNは定額制をとっていて、
最初の一ヶ月目はモデムセットで30万UGX(約1万5千円)。
その後のひと月ごとの支払いは、9万UGX(約4500円)。
・・・日本と値段変わらん。

ウガンダの平均年収(GNI)が300$(日本の約3万$の100分の1、UGXだと60万UGX)
なのを考えると、"貧乏人の味方”と言われたインターネットもウガンダでは
まだまだ嗜好品なのかもしれない。

もちろん、絶賛貧乏人の僕(カード紛失中)は30万UGXもの大金をしっかり同期から借金。

電波blog①

同期と共に、インターネット環境を手に入れることに決めた。

イタイ電波野郎と思われても何なので、たまには真面目な"電波な話"を。

ウガンダは他のアフリカ諸国同様、携帯電話の普及が急速に進んでいる。
2008年の携帯電話加入者数は前年比99.64%増(約2倍!)で、普及率は21.20%。
この勢いを考えると、2010年の今は凄い数になってるんじゃないかと。

かつてウガンダは、Uganda Telecomという国有企業が国内の通信事業全てを独占。
んが、2002年にMTN(多国籍通信企業グループ)に電気通信事業のライセンスが付与されて、携帯事業サービスが開始されると共に激化。
現在は、MTN、Zain(中東資本)、UTL(Uganda Telecomの略)、Warid(アブダビ資本)、Orange(フランス資本)の5社が争う戦国時代。

中でも、ネット回線を提供している企業はMTN、Warid、Orangeがメイン。
MTNはウガンダの携帯事業の先駆けという事もあり、国内一のシェアを誇っている。
日本で言えばNTTドコモ。
一方、Waridはサービスの差別化をしてるauと言ったところか。
Waridはネットの日にち単位での支払いが可能なため、住居に電気のない隊員(=常時ネット接続してても意味がない隊員)はWarid契約者が多い。
で、他の隊員は大体MTN。



ただ、曲者なのがOrange。

Orangeは最近ウガンダに進出してきたフランス資本の第三極である。
日本で言えば、完全ソフトバンク。
まず、ネット回線が他企業よりも1.5、場合によっては2倍速い。
そして、契約次第では他社より安い。価格破壊。
しかも、TV、ラジオ、街頭広告などの広告をバンバン出してる。

その豊富な資金力と技術力を手に持つ、外国資本の黒船来襲である。(iPhone販売企業もOrange)でも、最近参入してきたばかり(2008年後半)なので、国内の使用範囲が限られているのが難点。

そりゃあ消費者のマナーとしては、付加価値の高いサービスを選択して、市場に競争原理を持ち込み、サービス向上、価格競争を起こすってのが筋だ。かつての日本がそうだったように(接続モデムを街頭で無料販売してた頃が懐かしい、、、と思ったら今の日本のiPhoneの販売方針も同じか)。